ど見つめながらたずねた人がある。私には、それが驚歎の言葉のように聞えたし、また非難の言葉のようにも聞えた。
 若いころ、ちょっぴり詩や歌をひねり、その後二十年間も地方をまわって学校教育に没頭し、五十近くになってから東京にまい戻って、尓来《じらい》十年間、社会教育方面の仕事のために、南船北馬している私である。その私が、今更小説に野心を持ち出したとしたら、なるほど驚歎にも値するだろうし、また無論非難されるのが当然であろう。ところで、実をいうと、私自身としては、小説を書く気でこの本を書いたのではないのである。万一にも、この物語の形式が、小説というものの規準に合しているとすれば、なるほど私は小説を書いたことになるだろう。しかし、私にとっては、それが小説になっているか否かは全く問題ではない。私は、ただ、私の書きたいことをそれにふさわしい形式で表現してみたいと思っただけなのである。それに、元来私は、何かの規準を設けて、小説と小説でないものとを区別しようとする考えを、全く無用だとさえ思っている。だから、私が小説に野心があるとか、ないとか、或いは、私の書いたものが小説になっているとか、いないとかいう理由で、私をほめたり、くさしたりする人があっても、それは私にとって全くかかわりのないことなのである。
 私の願いは、私の書いたものを、一人でも多く読んでもらいたいということだけである。私は、この本を世の親たちに読んでもらいたいばかりでなく、また児童相手の教育者や、児童心理の研究者にも読んでもらいたい。そして、もし文芸作家、乃至文芸批評家に読んでもらって、私の表現技術が、この物語の内容に適当であるか否かについて教えてもらうことが出来れば、それこそ望外の仕合わせである。

  昭和十六年二月十日[#地から2字上げ]著者



底本:「下村湖人全集 第一巻」池田書店
   1965(昭和40)年7月10日発行
※「黒+犬」は、「默」で入力しました。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2005年12月9日作成
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