た。
それからどのくらいの時間がたったか、ふと、彼は茶の間から聞えて来る大きな声で目をさました。
「じゃ、何ですかい、小さい者が大きい者に向かってなら、どんな乱暴をしたって構わんとおっしゃるんですかい。」
「そうじゃないのさ。さっきからあれほど言っているのに、まだ解らんかね。」
「解りませんね。旦那のような学者のおっしゃるこたあ。」
「じゃ訊ねるが、もし次郎が噛みつかなかったとしたら、一体どうなっているんだい。」
「どうもなりゃしませんさ。」
「どうもならんことがあるものか。あいつは年じゅう喜太郎にいじめられ通しということになるだろう。傷がつかない程度にね。……一体、膝坊主を少しばかり噛み切られるのと、一生卑怯者にされるのと、どちらがみじめだか、よく考えてみてくれ。お前も親分と言われるほどの男だ、これぐらいの道理がわからんこともあるまい。」
庄八は何か答えたらしかったが、急に声が低くなって、次郎にはよく聞き取れなかった。
「そりゃ、梅干ほどの肉がちぎれているとすると、親としては腹も立つだろう。俺も、次郎が犬みたいな真似をしたことを、決していいとは思わん。」
また犬だ。次郎は口のあ
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