愛ゆくなるさ。」
「あんなお猿さんみたいな顔でもかい。」
「およしったら。ほんとに聞えたら知らないよ。」
「聞えたら、聞えたでかまわないさ。」
「でも、それじゃ、何もかも駄目になるじゃないかね、第一、恭さんにも一生逢えなくなるよ。それでもいいのかい。」
「ああ、ああ、癪でも、やっぱり預ることにしようかね。」
「そうおし、飯米のこともあるしね。」
「また飯米のことかい。よしておくれよ。あたしゃ、恭さんが可愛いばっかりに、あんな猿みたいな赤ちゃんでも、預ってみようというんだよ。」
「おやおや、えらいご奮発《ふんぱつ》だね。でも、預る気になってくれて、わたしも奥さんに申訳が立つというわけさ、……どうれ、また気が変らないうちに、奥さんに知らしてあげようか。」
 お糸婆さんは、にたにた笑いながら奥に行った。そして、お民にさんざん噛《か》みつかれながらも、ともかくもうまく話をまとめた。
 そこで次郎はその日から、恭一に代って、お浜の家に里子《さとご》に行くことになったわけなのである。
 だが、お浜が次郎をいつまでもお猿さん扱いにして嫌《きら》っていたかというと、そうではない。三四ヵ月もたつと、彼女の愛情は、もうすっかり恭一から次郎の方へ移ってしまっていたのである。
 お民は、次郎が次男坊なためか、或いはお浜が言ったように、実際猿みたいな顔をしていたためなのか、恭一を預けていた頃にくらべて何かにつけ冷淡だった。お浜にはそれが癪だった。そして、それがかえって彼女の次郎に対する愛着を増す原因のひとつでもあったのである。
 ある日、お浜は次郎の大きくなったのを、お民に見せたいと思って、しばらくぶりでやって来た。するといきなりこんな会話が始まった。
お民――「おかげで、お猿さんも随分大きくなったわね。」
お浜――「まあ、お猿さんですって?」
お民――「そう言っちゃ、いけなかったのかい。」
お浜――「だって、自分の御子様じゃございませんか。」
お民――「でも、お猿さんって言うのは、お前がつけてくれた名だっていうじゃないの。ちゃんと婆さんに聞いて知っているのよ。」
お浜――「あの時は、あの時ですわ。いつまでもそんな……」
お民――「少しは人間らしい顔に見えて来たと、お言いなのかい。」
ぉ浜――「奥さんたち、わたし、くやしいっ。」
お民――「おや、泣いているの、ついからかってみたくなったのだよ。すまなかったわね。」
お浜――「からかうのも、事によりますわ。奥さんがそんな気持でしたら、私にも考えがあります。」
 お浜は、ぷんぷん怒って、次郎を抱いて帰ってしまった。そして、それっきり、お民から何度使いをやっても顔を見せなかったばかりか、月々の飯米さえ受取りに来ようとしなかった。で、とうとうお民の方が根負《こんま》けして、自分でお浜の家に出かけることになった。
 今度は、無論お猿の話なんか、どちらからも出なかった。それどころか、お民はこんなことを言って、お浜の機嫌《きげん》をとったのである。
「この子は八月十五夜の丁度《ちょうど》月の出に生まれたんだよ。だから、きっと今に偉くなると思うわ。」
 お浜は、それですっかり気をよくした。そして、それ以来、「八月十五夜の月の出」が、いつも二人の話の種になった。話の種になっても、それはちっとも不都合ではなかったのである。と言うのは、次郎の生まれた時刻は、実際その通りだったのだから。
 尤《もっと》も、その時刻に生まれたことが、果して次郎にとって幸福であったかどうかは、疑わしい。それはおいおいと話していくうちにわかることである。

    二 お玉杓子

 次郎は、お浜の娘のお兼とお鶴とを相手に、地べたに蓆《むしろ》を敷いて、ままごと遊びをしている。場所は古ぼけた小学校の校庭だが、森閑《しんかん》として物音一つしない。周囲は、見渡すかぎり、黄金色の稲田である。午後の陽《ひ》がぽかぽかと温かい。
 この光景は、次郎の心に、おりおり蘇《よみがえ》って来る、最も古い記憶の一つで、たぶん、彼の五歳頃のことだったろうと思われる。
 お浜一家は、村の小学校の校番をしていた。老夫婦にお浜夫婦、それにお兼とお鶴、都合六人の家族が、教員室のすぐ隣の、うす暗い畳敷の部屋と、その次の板の間とを自分達の住家にしていたのである。そしてそこへ割りこまされたのが次郎であった。
 全体、恭一にせよ、次郎にせよ、何でわざわざこんな家を選《えら》んで預けられたのかというと、それは、母のお民が、子供の教育について一かどの見識家《けんしきか》だったからである。彼女は、槍一筋《やりひとすじ》の武士の娘であった。そして幼いころから幾十回となく、孟母三遷《もうぼさんせん》の教というものを聞かされて、それになみなみならぬ感激を覚えていた。で、自分に子供が出来たら、機会を
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