の理由や、次郎とお民が正木に来ているいきさつなどは、ごくあいまいにしか話されなかった。お祖母さんは、
「子供がだんだん大きくなって、中学にはいるようになると、何かにつけ町に住む方が都合がよさそうだよ。」
とか、
「次郎は、お前の手をはなれてから、半分はここで育ったようなものだから、お祖父さんが手放そうとなさらないのでね。」
とか、
「お民の病気には、何といっても田舎の空気がいいのだよ。」とか言って、すべてをぼかしてしまっていた。しかしお浜には何もかも推察がついたらしく、彼女はおりおり溜息をついて、次郎の顔を見た。次郎はそのたびに、何か知ら窮屈《きうくつ》な感じがした。
双方の話が一段落ついたころに、お民はふとお浜の方に顔をむけ、しみじみとした調子で言った。
「お浜や、わたしお前に会えて、すっかり安心したよ。」
「まあ勿体ない――。」と、お浜はもうあとの言葉が出なかった。お民はしばらくしてから、
「次郎も大きくなったでしょう。」
「ええ、ええ。さっきもびっくりしたところでございます。」
「あたし、この子にも、お前にも、ほんとうにすまなかったと思うの。」
「まあ、何をおっしゃいます。」
「子供って、ただ可愛がってやりさえすればいいのね。」
お浜には、お民の言っている深い意味がわからなかった。しかし、気持だけはよく通じた。
「あたし、それがこのごろやっとわかって来たような気がするの。だけど、わかったころには、もう別れなければならないでしょう。」
「まあ、奥様――」
「あたし、死ぬのはもう恐くも何ともないの。だけど、この子にいやな思いばかりさせて、このままになるのかと思うと……」
「そんなことあるものでございますか。」
「あたし、このごろ、いつもこの子に心の中であやまっているのよ。」
「まあ、――まあ、――」
次郎は、もうその時には、うつむいて涙をぽたぽた落していた。
「でもね、この子もどうやらあたしの気持がわかってくれているようだわ。あたし、何となくそんな気がするの。それでいくらかあたしも安心が出来そうだわ。……でも、お前にも一度あやまっておかないと、気がすまなかったものだからね。」
「まあ、とんでもない。」と、お浜は袖口を眼にあてて、
「坊ちゃん……まあ何て坊ちゃんはお仕合せでしょう。お母さんにあんなに思っていただくんですもの。外に坊ちゃんを可愛がっていただく
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