落したり、蒸炉《むしろ》の焚口《たきぐち》に櫨滓《はぜかす》を放りこんだり、蝋油の固まったのを鉢からおこしたり、干場一面の真っ白な蝋粉に杉葉で打水をしたりする男衆や女衆にまじって、覚束《おぼつか》ない手伝いをするのも、誇らしい喜びだった。ことに「灰汁《あく》入れ」作業の手伝いは、次郎が学校を休んでもやりたいと思う仕事の一つだった。
 この作業の日には、附近の農家から、手のあいた女たちが凡そ二十人近くも手伝いに来た。その中には、婆さんも居れば、若い娘も居た。それらの人たちに、家内《うち》の婢《おんな》たちや、子供たちも交えて、三十数名のものが、土間に蓆をしいてずらりと二列に並ぶ。めいめいの前には、擂鉢型《すりばちがた》の浅い灰色の鉢に、一本の擂古木をそえたのが一つずつ置いてある。やがて、蝋油を溶かした黄褐色の液体が、一定の分量ずつ、男衆によって鉢に注がれる。注がれた人は、すぐ擂古木をとって、それを掻きまわさなければならない。掻きまわしているうちに、はじめさらさらした蝋油が、次第にさめて、白ちゃけたどろどろの液になって来る。適当の時期を見はからって、男衆はそれに一柄杓の灰汁《あく》を注ぎこむ。この時、まぜ手は油断してはならない。精一ぱいの速度で擂古木をまわさなければならないのである。灰汁が注がれると、鉢の中の蝋油は、忽ちのうちに真っ白に変り、同時に、擂古木が少々の力ではまわせないほど、ねばっこくなって来る。すると男衆は、すばやくその鉢を抱えて、予め水を打ってある他の鉢に、その中身をうつす。蝋はそこで徐々に固まっていって、鉋《かんな》をかけられ、干場に出されるのを待つのである。
 こうした作業が、毎日夜明けから日暮まで、二三日もつづけて繰りかえされる。その間には、婆さんたちの口から、腹をよらせるような面白い話も出れば、娘たちの喉から、美しい歌も流れる。食事以外には定まった休憩の時間はないが、一鉢あげるごとに、随意に渋茶も飲めるし、また薩摩芋《さつまいも》や時には牡丹餅《ぼたもち》などの御馳走も、勝手にいただけるのである。
 次郎もそうした中にまじって擂古木を廻すのであったが、それがちょうど日曜日ででもあると、彼は終日厭きもしないで坐り通すのであった。
「本田の坊ちゃんは、何て辛抱強いんでしょう。」
「全く珍しいお子さんだよ。」
「坊ちゃん、ちっと遊んでおいでよ。」
 もし
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