つき[#「ごろつき」に傍点]仲間と言われた五六人の若い者を呼んで来て、次郎にお酌をさせながら、晩くまで飲んだ。何でも喧嘩の仲直りらしかったが、次第に酒がまわるにつれて、ほんの一寸した言葉のゆきちがいから、また喧嘩になってしまった。最初に啖呵《たんか》を切り出したのは眉の濃い、眼玉のどんよりした、獅子っ鼻の大男だった。彼は子供のころ、饅頭《まんじゅう》の売子をしていたため、「饅頭虎」と綽名《あだな》されていた。彼が食ってかかった相手は、「指無しの権《ごん》」だった。小指を一本切り落されていたので、そういう綽名がついていたが、青い顔の、見るからに辛辣《しんらつ》そうな、痩ぎすの男だった。
「旦那をおいて、貴様のその言い草は何てこった。」
 といったようなことから始まって、口論は次第に烈しくなった。饅頭虎が、咄々《とうとつ》と嗄《しゃが》れ声で物を言うのに対して、指無しの権は、ねっちりした、しかし、突き刺すような皮肉な言葉をつかった。父は、はじめのうちは、默って二人の口論を聴いていた。しかし、それが次第に険悪になって、今にも立ち廻りが始まりそうになると、急にいずまいを正して、
「虎! ……権!」とつづけざまに大喝《だいかつ》した。そして、いきなり両肌をぬいで、
「それほど喧嘩がしたけりゃ、斬り合うなり、突き合なり、勝手にするがいい。だが、おれも一旦仲にはいったからには、おれの眼玉の黒いうちは困る。先ずおれの方を片づけてからにして貰おうかな。」
 そう言って、父は自分の胸を拳でぽんと叩いた。二人は父にそうどなられると、すぐべたりと坐って、平身低頭した。
 次郎は、父のすぐ横に坐って、その光景を見ていたが、一面恐怖を感ずると共に、父の英雄的な態度に対して身ぶるいするような感激を覚えた。そして、彼自身が仲間と喧嘩をする場合の、すばしこい、思い切った遣口《やりくち》が、こうしたことに影響されていなかったとは、決していえなかったのである。

     *

 だが、正木の老人と手をつないで、静かな星空の下を、今こうして歩いていると、そんな思い出が、何となくつまらないことのように思えてならなかった。
(父さんは、あんなことを真面目な気持でやったのだろうか。第一、あんな人たちと酒を飲んだりするのは、いいことだろうか。もしかすると、あんなことのために、家がだんだん貧乏になってしまったのか
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