は、しずかにそう言って、やはり腕組みをつづけていた。
 次郎は、一心に、父の様子を見守った。彼はこれまで、父に対してだけは、心からしみじみとした感じになれたのであるが、こうして祖母の前にかしこまりながら、しかも、どこかにゆとりのある態度で坐っている父の様子を見ると、悲しいような、嬉しいような、何とも言えない感じになっていくのだった。
「こないだから、すこし可笑《おか》しいとは思っていましたが、……ま……まさか、一周忌もすまないうちに、こ……こんな……」
 お祖母さんは、俊亮の前に突っ伏して、声をとぎらした。
「次郎、お前は階下《した》で遊んでおいで。」
 俊亮は、やはり腕組みをしたまま、わずかに顔を次郎の方にふり向けて言った。
 次郎はすぐ階下に降りたが、何だか気がかりで、梯子段の近くをうろうろしていた。そのうちにお民が二階にあがって行った。三人の話し声はいつまでも続いた。次郎は、祖母と母の泣き声にまじって、おりおり聞える父の簡単な、落着いた言葉に耳をそばだてたが、何を言っているのかは、少しもわからなかった。

    二八 売立

 大っぴらな売立が始ったのは、それから間もなくであった。
 ある日、朝早くから、洋服を着た人や、角帯を締めた人たちが、五六人やって来て、目ぼしい品物をすっかり座敷に並べて、大声で叫んだり、小さな紙片に何か書いて、ボール箱の中に投げこんだりした。村じゅうの人たちが、庭一ぱいに集まって来て、それを見物した。中には、洋服や角帯の人たちと一緒になって、紙片を投げこむ者もあった。
 人だかりの割に、変にぎごちない空気が、全体を支配した。めったに誰も笑わなかった。角帯の人たちは、おりおり下卑《げび》たことを言って、みんなを笑わせようとしたが、村人たちは顔を見合わせて、かえってにがい顔をした。女の人もかなり来ていたが、中には、そっと眼頭をおさえている者すらあった。ただ俊亮だけが、いつも微笑を含んでいた。
 次郎は、そうした人達の表情を、ほとんど一つも見逃がさないで見ていた。俊亮のほかに、家の者でその場に顔を出していたのは、次郎だけだった。彼は、しばしば茶の間から、母に呼びつけられて、
「子供の見るものではない。」
 と叱られたが、どんなに叱られても、彼は、また、いつの間にか座敷にやって来ていた。
 彼の心をひかれた品物が誰の手に渡るのか、そして、その
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