いつの間にかレグホンに向かって決死の闘いをいどんでいる。燃えるような鶏冠《とさか》の周囲に、地鶏は黄の、レグホンは白の、頸毛の円を描いて、三四寸の距離に相対峙《あいたいじ》している。
 向日葵《ひまわり》と白蓮《びゃくれん》とが、血を含んで陽の中にふるえているようだ。
 とうとう蹴合った。つづけざまに二回。しかし、二回とも地鶏の歩が悪かった。次郎は思わず腰をうかして「畜生!」と叫んだ。
 地鶏は、しかし、逃げようとはしなかった。やや間をおいて、白と黄の羽根が、三たび地上尺余の空に相|搏《う》った。今度は互角である。
 つづいて、四回、五回、六回と、蹴合《けあ》いは相変らず互角に進んだ。
 次郎は、息をとめ、拳を握りしめ、首を前につき出して、それを見まもった。
 闘いは次第に乱れて来た。最初まったく同時であった両者の跳躍が、いつの間にか交互になった。そしてお互に嘴《くちばし》で敵の鶏冠を噛むことに努力しはじめた。
 こうなると、若さが万事を決定する。レグホンの古びきった血液は、強烈な本能の匂いを溶《と》かしこんだ地鶏の血液に比して、はるかに循環が鈍《にぶ》い。彼の打撃はしばしば的をはずれた。地鶏が打撃を二度加える間に、彼は一度しか加えることが出来なくなった。そして、どうかすると、ひょろひょろと相手の股の下をくぐって、その打撃を避けた。
 老雄の自信はついにくだけた。
 彼は、黒ずんだ鶏冠に鮮血をにじませ、嘴を大きくあけたまま、ふらふらと築山の奥に逃げこんだ。
 若い地鶏は、勝に乗《じょう》じてそのあとを追ったが、やがて、築山の頂に立って大きな羽ばたきをした。そして牝鶏の群を見おろしながら、たかだかと喉笛《のどぶえ》を鳴らした。
 次郎はほっとして、立ち上った。
 そして大きく背伸びをしてから、そろそろと築山の陰にまわって見た。老英雄は、夢にも予期しなかったわかい反逆者のために、そのながい間の支配権を奪われて、ひっそりと垣根に身をよせている。
 築山の上では、地鶏がもう一度|勝鬨《かちどき》をあげた。それから、土を掻いて、くっくっと牝鶏を呼んだ。
 次郎は急に勇壮な気持になった。彼の体内には、冷たい血と熱い血とが力強く交流した。つづいて影のようなほほえみが、彼の顔を横ぎった。
 その夕方、彼は誰の迎えも受けないで、急に正木の祖父母に挨拶して、一人で自分の家に帰ったのであ
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