アとゝ思ふ、又或る遣唐大使のとき、支那の方では不都合にも、日本を西畔第二に置いて、しかも、新羅を東畔第一にしたから、大使は立腹して、大論判を持ち込んで、到頭東畔第一の位についた、成る程日本は政治上獨立國で、新羅のやうに、唐に對して、屬國でない、だから、新羅などの下に置くなどは不都合千萬の話であるから、日本の遣唐大使が殿上で、怒鳴つたは、大に尤だ、しかし、支那の方では、日本も新羅も、文化の上から云へば、同じく、弟子分の國であつて、政治上の關係は、別としても、其の他のことは、大した差違はない、無論不都合は不都合だが、日本を新羅の下につけたは、所謂不行屆で、さまで惡意があつた次第ではなく、支那人の人から見れば、日本も新羅も、共に支那の弟子分であつて、こう云ふ書物がないか、こういふことをする人物はないか、こう云ふ武器はないか、こう云ふものを作るには、どうしたらよいか、何卒教へて貰ひたいなど云ふことになると、新羅の方は、日本よりも、早く、支那の文化を受けて居つたから或は、支那人の目から見ると、日本よりも兄弟子位に見たかも知れない、當時日本の方の主張によると、新羅は、昔から、我が國に朝貢したものであるから、我々は新羅の大使の下に坐する譯はないと云ふにあつたが政治上の關係より見れば、尤の議論で、無學と貧乏とは昔から、日本のつきものだが、腕力の方なら、昔から、先づ日本が、他國に、大した遜色がなかつたから、日本の大使の申分も、支那人が容れて、到頭東畔第一に列することになつたのであるが、第一であつたとした所で新羅に勝つた丈で、支那とは對等の交際と云ふ譯にはいかない、一體國と國との關係は、個人と個人との關係と同じく、腕力の強いものが、必ずししも尊敬せらるゝ譯でなく、富力、智力、殊に道徳などは、國際の關係を定むるに、中々有力な資料であつて、大正の日本も、腕力にかけては、先づ一等國仲間入りが出來たやうであるが、智力と富力とにかけては、一等國の伴侶とはゆかぬ、道徳の方も、昔は、支那でも、日本を君子國と云つた位だから、昔は、よかつたが、今日の道徳では、あまり、君子國でもないやうだ、しかし、これは、餘計な事で、今日の日本はいづれでも、本論には關係がないが、唐代の支那が、傍近の諸國民を弟子扱にし、傍近の諸國民も、支那を仰で、上國とし、其の光を觀て、其の風を釆るもことを以て、よいことにして居つた、支那の方でも、此等の外國の人民を待つことが、中々親切であつたから、日本の樣な、支那から離れて、政治上獨立國の人民はともかく、日本以外の國で支那に近く、又支那に對し附庸、從屬の關係のあつた國々の人々は、支那に赴きて、支那の朝廷に仕へ、支那の官位を帶ぶることは、さまで恥とせぬのみか、却て榮としたことが、恰も羅馬の盛時、莱因《ライン》、多惱《ドナウ》の二大河附近の獨か民族が、羅馬に仕へて、其の勳位を受け、其の官職を帶びて自から榮としたと一樣である、だから、支那に何か變亂が起ると、决して、すて置かない、或は、天子の命に應じて、自から兵を提げて、戰ふたり、或は、戰軍の首領の催促に應じて、出掛くると云ふ風で、李世民が、隋の亂に乘じて、晋陽から起り天下を平定し、大唐三百年の基を開いたのは、抑も、突厥の兵の力を借りたくらいだから、唐の天子の下に仕へた連中で、撥亂反正の功のあつたものゝ中には、外國人が尠くない、殊に日本人から見て、可笑しく思ふのは、安禄山の亂のときである、安禄山、史思明、安慶緒などは、申すまでもなく、これに對して、戰うて眞に唐の天下を克復したは、吐蕃や、突厥の兵では、固より、これを統卒した李光弼だの、尉遲勝だのは、一方は契冊の人、他は、于※[#「門<眞」、第3水準1−93−54]の人であつた、此等の國の兵士等は、宗家の火事に、分家の格で、消防にかけつけるやうな工合で、唐の文明が、傍近の諸國に對しては、武力の外に如何に恩澤を布くことの厚かつたことが、判明する。
又大師入唐の當時、外國人が如何に支那の朝廷に仕へて、其の官職を受くることを榮としたかは、般若三藏の傳を見ても、判明する、云ふまでもなく、三藏は、迦畢試國の出身である、宋高僧傳第二によると、貞元二年始屆京輦、見郷親神策軍正將羅好心[#「羅好心」に白丸傍点]、即慧(般若三藏)舅子之子也、悲喜相慰、將至家中、延留供養とあり、即ち迦畢試生れの般若三藏は、幼少の頃より出家して諸方に流寓し、中印度の那爛陀寺で、大成し、南海を飄浪して、貞元二年に始めて長安に來たが、ふと、神策軍の正將、即ち、今日の語で云へば、禁衞軍の大將であつた、羅好心と云ふのが、自分の母の里方の子、即ち、自分の從兄であることを發見したのである、迦畢試と云ふ國は 〔Kapic,a〕《カヒシヤ》 と云ふた國で、支那から、西域の諸國を遍歴して、愈々、これから印度に入ら
前へ
次へ
全24ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
榊 亮三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング