す。たゞ問題となるは其の次に來るポータの語の意味です。船と云ふ義もあり、また四足獸の子と云ふ意味もあります。シンハは獅子ですから獅子の子と解しても差支へはなく、またパツラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]王族が以前から鑄造せしめて其の領内に流通せしめた硬貨の紋章には、流石に通商立國の國是の國だけあつて二本の帆檣を建てた船の紋章が刻印せられてありますから、ポータを船と解しても差支へはありませぬ。孰れにしてもこれは大した問題とはなり得ませぬ。何故かと申しますると、今日まで知られて居るパツラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]王族出身の王者の名には、單に捺羅僧伽跋摩と云ふ名の王は二人ありますが、いづれにも補多に該當するポータの語は名前の中に見えませぬからであります。しかし、私だけの意見を申上げますと、漢字の音譯、捺羅僧伽補多の六字の次に羅の字が一つ落ちて居るのではないかと思ふのです。さうとすれば、補多羅の三字に、梵語の pautra(孫)と云ふことになります。事實この王は別表に於ても御覽の通り、西洋紀元六百三十年から六百六十八年まで王位に居つたナラシンハ・※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルマン王の孫に當つたと見えまして、パツラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]族の習慣に從ひ祖父と同じ名を稱して居ります。ですから、補多の二字をパウトラの俗語化ポータと解して、俗語の形で支那に傳はつたと見ても差支へはありませぬ。金剛智三藏が支那に向はるゝ時代に、南印度の王で、捺羅僧伽の名を冠した王者は此の以外に居りませぬ。此の王の在位の年時は、西暦紀元六百九十年から七百十五年に亙つて居りますから、開元七年または八年、金剛智三藏の入唐の年は西暦紀元で申しますると七百十九年か、または七百二十年ですから、當時は、王位を去りてのち、四年乃至五年經過して居ります。次の王は、パツラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]王族の習慣に基づき、祖父の名を襲うてパラメーシ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ラ・※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルマンと申しまして、西暦紀元七百十五年から七百十七年まで位に居りました。國を享くること甚だ短くて、至つて薄祐の王であつたらしいのであります。
[#ここから横組み]
Sinha[#nは上ドット付き]−varman(550−575)
│
Sinha[#nは上ドット付き]−visnu[#snはそれぞれ下ドット付き](575−600)
│
Mahendra−varman(600−630)
│
Nara−sinha[#nは上ドット付き]−varman(630−668)
│
Mahendra−varman(668−670)
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〔Paramec,var〕−varman(670−690)
│
Nara−sinha[#nは上ドット付き]−(pautra? pota?)−varman(690−715)
│
〔Paramec,vara〕−varman(715−717)
[#ここで横組み終わり]
話がこゝまで進んでまゐりますと、此のパツラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]王朝のことにつきて御話申上げねば、佛作りて魂を入れぬやうな心地が致しますから、暫時話さして戴きます。パツラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82] pallava 王朝の名は、梵語として見れば「花の蕾」とか「木の若芽」とか、「梢」とか云ふ意味の言葉でありますが、これはもと/\「パツフラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]」(pahlava)とも「パツルハ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]」(palhava)とも申しまして、俗語から來たものである事は貨幣または碑文から證明せられてありますから、一概に花の蕾王朝、乃至若芽王朝など云ふ陽氣な景氣のよい名前に解することは出來ませぬ。而してパツフラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]とかパツルハ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]とか云ふ俗語の形は、純粹のインド、アーリヤ系の言葉とも見えませぬ。寧ろ別の系統の言葉から轉訛したものの樣でありますから、之に便乘してパルテイヤ即ち支那で申しまする安息《アルサケス》國の國名と同一であつて、パツラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]即ちパールダ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]説が出現して、一時は西洋の印度波斯學者の間に殆んど定説のやうになりましたのであります。序ながら申上げますが、パルテイヤ Parthia と申しますのもペルシヤと申しますのも畢竟するに方言的發音の相違で、東部北部のイラーン高原邊陲の波斯帝國の部分ではパルテイヤと申しまして舊い形を保有し、西部南部のイラーン高原の部分ではテイがシとなつて Parasia Persia と
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