て諸君の清聴を汚す次第でありますが、先づ金剛智三藏の生れ又は活動せられた南天竺摩頼耶國とは、如何なる國であつたか、また今現にあるかを申上げたいと思ひます。
摩頼耶と云ふ國名は、本來印度「アーリヤ」語族の言葉ではありません。土語で「山」と云ふ意味の語でありますが、雪山または雪藏と云ふヒマーラヤ 〔Hima_laya〕 とは言語學上何等の關係もありませぬ。此の國の廣さは時によりて大小の差はありますが、英領印度の南部で、北緯十度から十三度に亙り、東經七十三度五分から七十五度四十分に亙り、大體今の「トラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン・コール」「コチン」地方、梵語ならばトリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンダラム Trivandrum コーンカナ Konkana[#前のnは上ドット付き、後のnは下ドット付き] を包括したマラバール Malabar 梵語ならば、マラヤバーン 〔Malayava_n〕(山國)に相當する地域であります。耶蘇の弟子で一番耶蘇が生前中鍾愛したと[#「鍾愛したと」は底本では「鐘愛したと」]云はるゝ聖《セント》トーマス(Saint Thomas)一派の耶蘇教徒が、何時頃よりか知りませぬが、滄海の一粟のやうに、印度人の間に昔からポツンと存在して居つた地方で、此の教徒の居つた地方から産出した織物は徳川時代に我が國にも桟留《サントメ》織と稱する布の一種です。Saint Thomas セント、トーマスと云ふ發音は英語風の發音で、西班牙語や葡萄牙語で、〔San Thome'〕 サン、トメと發音致しますから、自然斯く我が國でもこれに傚つたことと思ひます。英語ならばセント、フランシスと云ふべきだが、舊西班牙領であつたから亞米利加の太平洋沿岸の一都府をサン、フランシスコと云ふがごときものです。
此の地方は、地名から申しましても山岳がちの地方ではありますが、何分にも熱帶地方でありますから、非常に天惠厚き地方で、産物は豐饒であります。中にも栴檀、沈香、胡椒等の香料の産出は全世界に比類なく、中世印度の文學にもマラヤの栴檀と云うて讚歎いたしてあります。またマラヤ國では、ブヒラ(Bhilla)族の主婦は飯を炊くに伽羅栴檀を薪に用ふるなどの諺があります位で、其の産出の多かつたことはこれでも知れます。其の外、米、ゴム、椰子油などの産物は夥しく、古から有名でありますが
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