は尊稱を云うたのではありませぬ。恰も英語で「a」を書いたり、佛語で「e」を書いたりすると同樣であります。
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 話は岐路に向ひましたから、本筋に戻りまして、米准那即ち「ミール、ゼーダ」の言語は、中世の波斯語または亞剌比亞語でありますから、今日では最後の音のダを通例省略致しまして、「ミール、ゼー」又は「ミール、ザー」と申します。印度の宗教都市で一番有名なる、「ベナーレス」(Benares)梵語で申しますると「バーラナシイ」の南西の方角に當りまして大約日本里數で十五里許りの地に「ミールゼープール」(Mirzapur)と申す都市があります。陶器の産地で、人口が六七萬位の小都市で、格別取立てて申上げる程の都市ではありませぬが、其の名は、公子または公孫の都市と云ふ義であります。「プール」は新嘉坡の坡と同じく、都城と云ふ梵語から來た言葉で、其の前に來る「ミール、ゼー」は「ミールザーダ」又は「ミール、ゼーダ」の「ダ」が省略された結果であります。其の他、印度及び波斯の人名または地名で、此の語を前節に用ひ、後節に邑落、都市の義を有する名詞を用ひた例は少くありません。
 かく説き來れば、諸君の中には或は疑惑の念を起さるゝ方も皆無ではありますまいと存じます。先づ第一に起りさうな疑念は米准那の「米」字は、亞剌比亞語の「アミール」又は「ヱミール」に起源を有する「ミール」の音を寫したとして、如何なる次第で最初の「ア」又は「ヱ」は省略せられて單に「ミール」となつたかと云ふことでありませう。これは「ミール」の聲音を強く力を入れて發音せねばなりませんから、自然最初の「ア」又は「ヱ」は省略さるゝに至つた譯で、殊に准那と云ふ語の發音を後に控へて居りますから、なるべく發音し易く、簡易に發音出來るやうに、最初の「ア」又は「ヱ」を省きたものと思はれます。第二には、然らば最後の「ダ」を何故に省略するに至つたかと云ふ疑念でせう。これも「ヱミール」の場合と似て、「ゼーダ」又は「ザーダ」の「ゼ」「ザ」を強く力を入れて發音せねばなりませぬから、所謂勤勇所要の勞力を儉約せんがために遂に「ダ」の音を省略したのであります。かゝる現象は、我が國の言葉にでも屡々見受けられます。一例を擧げますれば、國名の發音に於て、武藏相模の場合です。此等の地方は上總下總などの國名に於てなほ見らるゝごとく、「プサ」と云ふ、麻
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