りも博士の方がデングリ返つて逆立ちを打ちシルクハットを甃《いしだたみ》の上へ叩き落してしまつたが、四つん這ひに手をついて其れを拾ふ瞬間にも股の陰から僕の隙を鋭くヂイッと窺ひ、ヤッ! と帽子を頭へ載せて立ち上る途端に僕の脛をも一度ドカン! と蹴つ飛ばした。「ワア痛い!」「ウー、いい気味ぢやアよ!」と言ひ捨てて、博士は暗闇の奥底へ蹌踉とした影法師を蹣跚《よろめ》かせ乍らだんだん消えて行つてしまつた。そこで僕も息を殺し、プラタナの深い繁みが落してゐる暗闇ばかり縫ふやうにして博士の跡をつけはぢめた……が、博士はものの一町も歩かぬうちに、お屋敷街の静かな通りへ曲つてゆく四つ角の処で急にヒラリと身を隠し、塀の陰からソッと首だけ突き延して疑り深く振り返つたが、忽ち僕を発見して――手当り次第に石を拾ふと僕をめがけて盲滅法に発射した。
「WAWAWAAAH! 実に憎むべき悪魔ぢやアよ……」
 斯様に博士は怒りに燃えた呟きを捨て、闘志満々として握り拳を打ち振り乍ら塀の陰から進み出たが、突然ブルン! と昆虫の羽唸りに似た鈍い音を夜空に残し睡つた街上に白い真空の一文字を引いたかと思ふと、僕の胸倉へ発止とばかり
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