ラトコのコンゲナあかりでアメリカのバクダンが釣れるもんだら、陸軍大将だもの、山奥さ電気ならべてバクダン釣るもんだ。アメリカはソンゲナ手にかからんさ。機械文明らからネ」
「キサマは主人のうちが焼ければいゝと思っているな」
「ハア、忠義らがネ。ミヤコの代りに焼ければいゝもんだ。戦争になれば、自分のウチも主人のウチもないもんだ。兵隊は自分のイノチもないもんだがネ。オメサマも兵隊に行って性根直すといゝもんだ」
「キサマ、オレが戦死すればいゝと思っているな」
「ハア、戦死せば忠義なもんだ。ヤスクニ神社の神様らがネ。オメサマみたいな慾タカリのイクジナシれも神様にしてくれるもんだ。神様になれるろうかネ。オメサマ、敵のタマが尻ッペタから前の方へぬけたもんでは、恥なもんだガネ」
「キサマ、主人を慾タカリのイクジナシと言ったな」
「言うたもんだ。ホンキのことらば、仕方がないもんだ」
こんな山奥の地区でも都市とひとまとめに時々空襲警報もでる。空襲警報になると正一郎は国民服にゲートルをまいて、カメの首すじつかんで叩き起す。カメもナッパ服の古物を一着もっているから、それを着せてキャハンをはかせる。首筋をつかんで引きずり下して、火タタキを持たせて玄関前へ見張りをさせ、自分も見張っている。
東京の住人でも近所にバクダンが落ちてから寝ボケマナコでゲートルをまいて逃げだすのが例であるから、山奥の空襲警報に見張りにでるのはバカであるが、意地というものは仕方がない。
気がつくと、カメがいない。
「オイ、カメ、オイ、どこにいる」
手さぐりで探しても、どこにもいない。屋根裏へかけ上ると、まさしくカメは寝床の中にいるのである。なんべん引きずり下しても、ソッと寝床へもどってしまう。
あげくに、とうとう、正一郎は自分でもワケの分らないことをやってしまった。
空襲警報が解除になった真夜中に、土蔵の裏のタキ木のつまった納屋へ火を放《つ》けてしまったのである。
火をつけて、カメをおどかしてやろうと思って、カメを叩き起すつもりで戻ってきた。然し、途中で、ほんとに火事になッちゃアいけないと気がついて、戻って見ると、もう勢いよく燃えている。
正一郎は狂気の如く屋根裏へとびあがって、物も言わず、カメをける、なぐる、足をひきずる。
「火事だ。キサマ、火事だぞ」
いくつ殴ったか知らないが、翌日手の指をまげることができなかったから、カメの方でも、顔が土左衛門みたいに腫れていた。
「キサマが寝てやがるから、火事になる。見ろ、火事だ。このヤロー」
燃える火の前へ引きずり下されて、カメはさすがにポカンとしているのを、また打ちのめして、水をかける。のろのろすると、けとばす。けころがす。ふみつける。
村にも消防隊というものがあった。警防団もある。おまけに巡査もいる。これが火の手を見て一とかたまりに駈けこんできて、消しとめた。
正一郎の放火と分り、検事局まで呼びだされたが、百方手をつくして、ともかくカンベンしてもらった。
消防隊と巡査が駈けつけたとき、彼はやたらに亢奮して、放火説にしてしまったが、あのとき、焚火の不始末だとか、ごまかす手段はあったのである。
その翌晩、放火犯人が他にあることの証拠に、彼は深夜に忍びで、村へ放火に行くところであった。架空の放火狂をでっちあげるためである。警報のあとに限って放火する、そういう特殊な手口の狂人を創作する、彼はそれに就いて考えふけったあまり、自分の女房に向って、
「オイ、注意しろ。犯人は気違いなんだ。警報のあとに限って、火をつけてまわる、そういう奴だ。警報が出たら注意しろ。見廻りが大事だ」
警報が出たあとに火をつける気違いだと云っても、火を放けられたのは自分のうちの納屋だけだから、わけがわからず、細君はのみこめない顔をしている。
先ずカメが留置され、追々様子が分って、正一郎がつかまったが、その時村では正一郎は気が違ったという専らの評判であった。
百方にツテをもとめて検事局にカンベンしてもらったが、許されて村へ戻ったときは昂然たるもので、女房、子供、衣子、トメ、カメ、一同をズラリと茶の間へ並べて
「お前らが注意が足りん、戦争の認識が足りん、重大なる時局を知らん、緊張が足りんから火をつけられる」
「言うたもんだ、東条大将みたいなもんだ。オメサマが火つけたもんだがネ」
「お前らの緊張が足りんから、オレが火をつけて、ためしたのだ。時局の認識を与え、まがり腐った性根ッ骨を叩き直してやるためだ。挙国一致、戦争に心を合わせているとき、警報の下でアカリをつけて寝ているとは、言語道断の奴め。こらしめのため、神の心がオレに乗りうつって火をつける。だから検事局も感動して、どうかお帰り下さい、お呼び出し致して相済まぬことでした、とあやまる」
「言うたもんだ」
「キサマの性根は、まがりくさって治らんから、たった今、ヒマをやる。トメもヒマをやる。これにこりて、警報が鳴ったらアカリを消せ。一億一心ということを考えれ」
こう申し渡して、ヒマを出した。
彼は尚、妻子、子供、衣子だけひきとめて、
「お前らは今後心を入れ換えて時局を認識しなければならん。女中も下男もいらん。炊事も自分でやる。風呂もわかす、戦地の労苦をしのべば何事でもやれる。一つの握り飯でも、感謝の心をもって、食べねばならん。不平を言うことは許さぬ。上官の命令には従わねばならぬ。この家にあってはオレの命令は至上であるから、それに従う、返答しても、いかん、生殺の権もオレにある。食事でも、オレが命令して食べてよし、というまで、食べてはならんぞ」
戦争が済んで、民主々義ということになった。
若い者は兵隊に行き徴用に去り、残っているのはオイボレ共ばかりであるから、時局の認識を知らん。戦争中は戦争を知らん、敗戦後は敗戦を知らん。然し若い奴らは戦地で又工場でタタキ込まれているから、若い者が帰ってくれば、戦時中よりも却って本当の軍国精神が村によみがえり、筋金がはいる、などと正一郎はゴセンタクを下していたが、戦地から工場から帰ってきた若者どもは、ダンス、芝居、素人レビュー、男はポマードをぬたくり、女はパーマネントに頬ベニ口ベニ、軍国精神どころの段ではない。
もとより正一郎はそこにこだわる人物ではない。彼はもはや村一番の民主主義者となり、働かざる者は食うべからず、平等、同権、又、兄弟も他人である。人間は独立、自主、自由でなければならん。依存することは許されぬ。
衣子には、お前は東京へ行って事務員になってはどうだ。ダンサアもよい。女はパンパンをやっても食える。お前だけの美貌があれば、それが生活の資本で、どこへ行っても、独立の生計が営めるし、栄華もできるかも知れん。それが資本主義のよいところである。共産主義なら、女工になる、そっちでも食える。汽車賃は俺が出してやる。
然し、たった百円の汽車賃も今はもう出してやれなくなってしまった。
このへんでは一升四十円だせば米はいくらでも買える。正一郎には五升の米も気楽に買えない身分となり、時たま都会へ書画骨董を売りにでると、ニセモノだと難グセつけられ、捨て値同様値ぎり倒されてしまう。
幸蔵がにじりよって、
「兄さんはショーバイへたゞから、オレにまかせなさい。土蔵にいっぱい祖先伝来の書画があるんだもの、それでピイピイしていちゃ、笑い者になりますぜ。戦災も蒙らないから、洋服でも着物でもあるじゃありませんか。それで米の五十俵や百俵物交することができなきゃ、不思議なようなもんだな。オレにまかして下さい。手数料に一割だけ下さい。汽車賃、宿の費用、諸がかりは私の一割の手数料からだしますから」
然し、正一郎は不興にジロリと睨んだゞけだった。
彼は幸蔵が土蔵一ぱいの書画を売ることや、洋服や着物を物交することに目をつけたのは油断がならぬと思った。
何も持たない筈の幸蔵が、配給以外の芋や大根を煮ていたり、子供たちにカユをたくさん食わせていたり、何がなカラクリがなければならぬことである。彼は土蔵の中をしらべてみた。鍵もていねいに改めた。
彼はとうとう、幸蔵の土蔵の住居を訪れて、
「オイ、お前の持ち物をちょっと見せんか」
「なぜですか」
「引揚者がどんな品々を選んで持って帰るか見たいのだ」
彼は片隅につまれたフトンやオシメの類までシサイに一々改めて、
「ふん、相当のものを持ち帰っているじゃないか。これなら生活は間に合う。オヤ、この鍋は新しいもんだな」
「ハア、この前、町へ行ったとき、ヤミ市というところで涙をのんで買いましたよ」
「なんだい、品物がへるどころか、却って、ふえてるじゃないか」
「だって何も持たないのだもの、ふやさなきゃ煮炊《にたき》もできませんよ」
「じゃア、お前はタケノコしないのか」
「タケノコするような余分なものは何一つないじゃありませんか。タケノコできる人は、幸せだと思いますよ。だから兄さんもタケノコやって、私に手伝わせて下さい、というんですよ」
「タケノコせずに、芋や大根や米や、どうして買えるんだ」
正一郎のギロリと光る目の色をみて、幸蔵も気がついた。正一郎は疑っているのだ。持ち物を一々改めたのもそのためで、土蔵の中の物や屋敷の中の何かを盗んで売って暮しているのじゃないかと怪しんでの来訪なのである。幸蔵もゾッとした。
「兄さん、とんでもない。私はこの屋敷のものは何一つ手をつけたこともありませんよ」
「お前、何を言う。オレはお前が泥棒だと云うてやせん。タケノコしないで、どうして米や芋や大根が買えるか、きいてるのだ」
「私も一段歩ほど耕していますよ。それに、村の者が気の毒な引揚者だというので時々米をくれたり芋をくれたりしますから」
「お前は乞食か。ふん、気の毒な引揚者か。そして、村の者はオレの悪口を云うてるのだろう。オイ、オレのうちの台所へ来てみろ、米なんか一粒もないぞ。気の毒な引揚者のお前の方がゼイタクなもの食ってるのだぞ。やせても枯れても、第一、オレは乞食はやらん。キサマ先祖の顔に泥をぬるな」
「引揚げ者の無慙な立場も察して下さい。生きるためには乞食もしなければならないのです。子供が五人もいて、泣きつかれては、乞食でも何でも、米が欲しい芋が欲しい、卑屈なことでも、やる気にならざるを得ないのです」
「オレはやらんじゃないか。オレはこの三日一粒の米も食べておらん。オレの子供は芋ばかり食ってる。この村で、こんな悲惨な生活してるのはオレのところだけだぞ。それでもオレは乞食はやらん」
「兄さん、済みません。オレの米、すこしですが差上げましょうか」
「乞食した貰い米はいらん」
「いや、兄さん、マル公の値段は払っていますよ」
「そうか。そんなら、オレもマル公で買うてやる」
正一郎は幸蔵のたった三升ほどの米を、ていねいにはかって、ちょっきりマル公だけの値段を払った。もちろん、その米は衣子や貞吉には食べさせない。握りめしにして、彼らだけ、オヤツに食うのである。
衣子は婚礼衣裳やら、結婚するとき、タンスに七ツほど衣類をいっぱい持たされたから、それを売って、生活には困らなかった。
貞吉は全然自分の所持品というものがない。正一郎が食わしてくれるものはチョッキリ配給のものだけで、余分のものは食事以外のところで、自分たち親子だけで食うようにしているから、貞吉はいつも腹がへっている。
戦争中も、捕虜になっても、腹がへり通しであったが、母国へきてもまだへり通しで、捕虜の時よりもひどい。
倖《さいわ》い、衣子が食べさせてくれる。
子供の時から貞吉は衣子とは本当の兄と妹のように育ったから、彼の帰還をともかく親身に迎えてくれたのは衣子だけで、然し八年の空白をおいて十六の女学生から二十四の出戻り娘にうつると、これが同じ衣子か、さっぱり正体が分らない。
なるほど美人だ。変に色っぽいところがある。多情淫奔のタチかも知れぬ。妙に太々《ふてぶて》しく、度胸をすえて人生を達観しているようなところもあり、腹の中に何を企らんでいるか見当がつかないような感じであった。
「お前、いつまで、
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