「キサマの性根は、まがりくさって治らんから、たった今、ヒマをやる。トメもヒマをやる。これにこりて、警報が鳴ったらアカリを消せ。一億一心ということを考えれ」
 こう申し渡して、ヒマを出した。
 彼は尚、妻子、子供、衣子だけひきとめて、
「お前らは今後心を入れ換えて時局を認識しなければならん。女中も下男もいらん。炊事も自分でやる。風呂もわかす、戦地の労苦をしのべば何事でもやれる。一つの握り飯でも、感謝の心をもって、食べねばならん。不平を言うことは許さぬ。上官の命令には従わねばならぬ。この家にあってはオレの命令は至上であるから、それに従う、返答しても、いかん、生殺の権もオレにある。食事でも、オレが命令して食べてよし、というまで、食べてはならんぞ」
 戦争が済んで、民主々義ということになった。
 若い者は兵隊に行き徴用に去り、残っているのはオイボレ共ばかりであるから、時局の認識を知らん。戦争中は戦争を知らん、敗戦後は敗戦を知らん。然し若い奴らは戦地で又工場でタタキ込まれているから、若い者が帰ってくれば、戦時中よりも却って本当の軍国精神が村によみがえり、筋金がはいる、などと正一郎はゴセンタク
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