から、オレにまかせなさい。土蔵にいっぱい祖先伝来の書画があるんだもの、それでピイピイしていちゃ、笑い者になりますぜ。戦災も蒙らないから、洋服でも着物でもあるじゃありませんか。それで米の五十俵や百俵物交することができなきゃ、不思議なようなもんだな。オレにまかして下さい。手数料に一割だけ下さい。汽車賃、宿の費用、諸がかりは私の一割の手数料からだしますから」
然し、正一郎は不興にジロリと睨んだゞけだった。
彼は幸蔵が土蔵一ぱいの書画を売ることや、洋服や着物を物交することに目をつけたのは油断がならぬと思った。
何も持たない筈の幸蔵が、配給以外の芋や大根を煮ていたり、子供たちにカユをたくさん食わせていたり、何がなカラクリがなければならぬことである。彼は土蔵の中をしらべてみた。鍵もていねいに改めた。
彼はとうとう、幸蔵の土蔵の住居を訪れて、
「オイ、お前の持ち物をちょっと見せんか」
「なぜですか」
「引揚者がどんな品々を選んで持って帰るか見たいのだ」
彼は片隅につまれたフトンやオシメの類までシサイに一々改めて、
「ふん、相当のものを持ち帰っているじゃないか。これなら生活は間に合う。オヤ、この鍋は新しいもんだな」
「ハア、この前、町へ行ったとき、ヤミ市というところで涙をのんで買いましたよ」
「なんだい、品物がへるどころか、却って、ふえてるじゃないか」
「だって何も持たないのだもの、ふやさなきゃ煮炊《にたき》もできませんよ」
「じゃア、お前はタケノコしないのか」
「タケノコするような余分なものは何一つないじゃありませんか。タケノコできる人は、幸せだと思いますよ。だから兄さんもタケノコやって、私に手伝わせて下さい、というんですよ」
「タケノコせずに、芋や大根や米や、どうして買えるんだ」
正一郎のギロリと光る目の色をみて、幸蔵も気がついた。正一郎は疑っているのだ。持ち物を一々改めたのもそのためで、土蔵の中の物や屋敷の中の何かを盗んで売って暮しているのじゃないかと怪しんでの来訪なのである。幸蔵もゾッとした。
「兄さん、とんでもない。私はこの屋敷のものは何一つ手をつけたこともありませんよ」
「お前、何を言う。オレはお前が泥棒だと云うてやせん。タケノコしないで、どうして米や芋や大根が買えるか、きいてるのだ」
「私も一段歩ほど耕していますよ。それに、村の者が気の毒な引揚者だというの
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