できなかったから、カメの方でも、顔が土左衛門みたいに腫れていた。
「キサマが寝てやがるから、火事になる。見ろ、火事だ。このヤロー」
燃える火の前へ引きずり下されて、カメはさすがにポカンとしているのを、また打ちのめして、水をかける。のろのろすると、けとばす。けころがす。ふみつける。
村にも消防隊というものがあった。警防団もある。おまけに巡査もいる。これが火の手を見て一とかたまりに駈けこんできて、消しとめた。
正一郎の放火と分り、検事局まで呼びだされたが、百方手をつくして、ともかくカンベンしてもらった。
消防隊と巡査が駈けつけたとき、彼はやたらに亢奮して、放火説にしてしまったが、あのとき、焚火の不始末だとか、ごまかす手段はあったのである。
その翌晩、放火犯人が他にあることの証拠に、彼は深夜に忍びで、村へ放火に行くところであった。架空の放火狂をでっちあげるためである。警報のあとに限って放火する、そういう特殊な手口の狂人を創作する、彼はそれに就いて考えふけったあまり、自分の女房に向って、
「オイ、注意しろ。犯人は気違いなんだ。警報のあとに限って、火をつけてまわる、そういう奴だ。警報が出たら注意しろ。見廻りが大事だ」
警報が出たあとに火をつける気違いだと云っても、火を放けられたのは自分のうちの納屋だけだから、わけがわからず、細君はのみこめない顔をしている。
先ずカメが留置され、追々様子が分って、正一郎がつかまったが、その時村では正一郎は気が違ったという専らの評判であった。
百方にツテをもとめて検事局にカンベンしてもらったが、許されて村へ戻ったときは昂然たるもので、女房、子供、衣子、トメ、カメ、一同をズラリと茶の間へ並べて
「お前らが注意が足りん、戦争の認識が足りん、重大なる時局を知らん、緊張が足りんから火をつけられる」
「言うたもんだ、東条大将みたいなもんだ。オメサマが火つけたもんだがネ」
「お前らの緊張が足りんから、オレが火をつけて、ためしたのだ。時局の認識を与え、まがり腐った性根ッ骨を叩き直してやるためだ。挙国一致、戦争に心を合わせているとき、警報の下でアカリをつけて寝ているとは、言語道断の奴め。こらしめのため、神の心がオレに乗りうつって火をつける。だから検事局も感動して、どうかお帰り下さい、お呼び出し致して相済まぬことでした、とあやまる」
「言うたもんだ
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