士に欠けている学問があって、諸国の事情にも通じている。オレのようなのを用人に召抱えて側近に侍らせておけば、その主人が一国はおろか何国の大守になっても、諸侯との交渉談判儀礼通商に困るということはない。将軍に出世しても、まだオレの智恵学問が役に立つぞ。貴公はそう思わないか。そう思ったら、貴公の兄上にたのんで、オレを然るべき人の用人に世話をしてもらいたい」
 南陽房は師の僧のヒキや同輩の後援によって法蓮房の上に立ったが、元々彼だけは他の小坊主とちがって法蓮房の実力を知り、傾倒して見習い、また教をうけてもいるのだ。
 いかに傾倒していても鼻面とって引き廻されてる時にはおのずから敵意もわいて、法蓮房の上に立つことが小気味よかった時もあったが、今となれば、もはや敵意なぞはない。そこで兄にたのんでやった。
 美濃の領主は土岐氏であるが、そのころ斎藤|妙椿《みょうちん》という坊主あがりの家来が実権を奪っていた。土岐氏は名目上の殿様にすぎなかった。したがって、土岐氏の家来の家老長井長弘も斎藤妙椿の家来の顔をして励まなければならない。油売りの庄五郎はこの長井長弘のスイセンで妙椿の用人となることになったが、
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