ばかりであった。彼の腹の底も知れないし、彼の強さも底が知れなかった。いつになってもその正体がつかめないのだ。
 彼は大国の大領主ではなかったが、彼が老いて死ぬまでは誰も彼を亡すことができないように見えたのである。
 ところが彼が奪った血が、彼の胎外へ流れでて変な生長をとげていたのだ。そして意外にも、彼が奪った血によって、天の斧のような復讐を受けてしまったのである。

          ★

 土岐頼芸を追放してその愛妾を奪ったとき、彼女はすでに頼芸のタネを宿していた。したがって最初に生れた長男の義龍《よしたつ》は、実は土岐の血統だった。
 もっとも、この事実の証人はいなかった。ただ義龍がそう信じたにすぎないのかも知れない。道三はそれに対して答えたことがなかった。
 義龍は生れた時から父に可愛がられたことがない。長じて、身長六尺五寸の大男になった。いわば鬼子である。しかし、道三はそうは云わない。
「あれはバカだ」
 と云った。
 ところが、義龍は聡明だった。衆目の見るところ、そうだった。その上、大そう努力勉強家で、軍書に仏書に聖賢の書に目をさらし、常住座臥怠るところがない。父道三を憎む
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