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「押入れが明けッ放しじゃないか。米ビツのフタが外れてるじゃないか。この野郎にお米をとがせたのかい?」
「うるせえな。仕事の旅からいま戻ったばかりの男に、やさしい言葉で物が言えねえのかよ。アレ四合ビンじゃないか。なんだって一升ビンを買ってこねえ」
「一升ビンで買ったって正味一升。コップ一パイのオマケがつくわけじゃアないよ。オマケのつかない物をまとめて買うバカはいないよ。私の買い物をツベコベ云うヒマがあったら、その野郎を階段から掃き出しちまいな」
「仕事を手伝ってくれる奴なんだから、あたたかい気持で見てやんなよ。オイ、こッちへきて一パイやんな」
 四合ビンを持ちあげてシシド君に呼びかけると、オタツが四合ビンをひッたくッた。
「あの野郎にのませるお酒じゃないよ。ソースでも、のませるといいや」
 これを聞くとシシド君、ムラムラと人生がたのしくなってきた。金魚のように見えるがハリアイのある女だ。からかってやりたくなったのである。
 ノッソリ立ち上って六畳へ。チャブダイの上の買いたてのソースビンを手につかみ、フタをとって口につけようとすると、
「この野郎!」
 オタツがソースビンをひッたくった。ソースビンを部屋の片隅へ持ち去る。ついでにヒシャクに水を一パイくんできて、
「これでも、くらえ!」
 ヒシャクの水をシシド君にぶッかけた。この水をまともに顔にくらったから、シシド君、歯をくいしばり、惨敗の形相である。ようやく袖で顔をふき終り、
「実に、おどろくべきケチだ」
「なにイ!」
「それ、それ。その調子だから、ソースビンをひッたくッてソースをぶッかけるかと思ったら、ソースをテイネイに隅の戸ダナへしまってきて、水をぶッかけたから感心したのさ。実に、見上げたケチだ」
「この野郎!」
 オタツはヒシャクを左手に持ちかえ、右手のコブシをつくってシシド君の胃を一撃した。
「ウッ!」
 シシド君、胃袋の上を押えて、よろめく。歯をくいしばって、必死にこらえて、ともかく三畳まで戻ってきてバッタリとリュックにもたれて、
「ウーム。ヒシャクを左に持ちかえ、右のコブシで打つとは、なんたるケチ。一挙一動、言々句々、ケチならざるはない。ドロボーの二号にしてこのケチあり」
 と言いかけて、あわてて最後の句をのみこんだ。

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 カツレツも一ツしか買ってこない。オタツ自身もカ
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