分はそこへ帰りたいといふのであつた。帰る宿があるくらゐなら、とつくにそこへ追ひ返されてゐた筈のタツノであつた。宿がないから安川が引取るやうな気まぐれな思ひつきにもなつたのだ。嘘にきまつた話なので、安川はそれにとりあはず、とにかくここでゆつくり養生するのがいいよと気のない返事を呟くと、タツノは急にまつかに怒つて、自分を伯父に会はせない気でゐるのかと狂気のやうに喚いたあげくが、わんわん泣いてしまふのだつた。事はそれだけで終らなかつた。タツノはなほも泣きじやくりながら、横浜へすぐ帰るとは言はないから、とにかく伯父をつれてきてと言ふのである。その近辺では名の知れた工場だから、そこへ行つて自分の話を伝へてくれれば、さつそく自家用自動車で乗りつけてくれるにきまつてゐる、今日にも行つてきてくれと、たたみかけて言ふのであつた。さういふ語気の激しさを聞いてみれば、話半分であつたにしても、横浜に伯父のゐることは間違ひがない。来る来ないは別にして、とにかく一応行つてみようと安川は思つた。
横浜の言はれたところへやつてきて、ひどく長い踏切を行つたり来たりしたあげく、工場地帯をぐるぐる隈なく探したが、そんな工
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