つた。彼が連夜の耽溺を、しかも母はなほ冷然たる無表情でむかへつづけた。
 その後彼は屡々《しばしば》家宝を公然と金に代へて遊興にでかけた。もはや大義名分はなかつた。彼は遊びの虫だつた。それをも母はなほ冷然たる動かぬ顔で見流しつづけてゐたのであつた。それは母なる恐怖を超えて、神か悪魔の審判を思ひつかせる冷めたさと凄さがあつた。もとより神の審判といへ、遊びの虫をとめるよすがになる筈もない。
 かうして最後にきたものが、肺病やみの娘をひきとる気まぐれな一件だつた。

 さてタツノ等の行列が鳥類のそれであるかの如く喚きちらしておたきの面前を通りすぎても、おたきは古沼であるかのやうな無表情のひややかさで、一語の怒りをもらすでもなく、庭の景色に見入つてゐた。

 松江は良人に愛想をつかしてゐたのであつた。今にはじまることではなかつた。貧乏暮しもいやであつたし、貧乏をぬけきる見込みもなささうな、安川の弱気な性格が鼻についてきたのであつた。おたきの家へころがりこむときまつたときには、つくづく情けない思ひがした。人の気苦労も知らぬげに、世の憂鬱を一人占めにしたかのやうな思ひ入れも憎かつたし、実は欲望にすぎないものを身勝手な手数をかけて深刻めかし、連夜の耽溺がはじまつてからは、松江の屡々思ふことはたゞ復讐といふことだつた。復讐の手段に思ひつくのは、ほかの男と幸福にくらし、安川に思ひ知らしてやることだつた。
 松江は日中の多くの時間、ほとんど昼夢に耽つてゐた。何も知らない娘のとき結婚を申出でた男があつた。男に不足があるわけではなく結婚に興味がないので拒絶した。その後安川と知り合つて親の許さぬ同棲をしたのだ。男は著名な会社に務めて地位も上り、今も独身でゐるといふ噂であつた。その噂を松江は確信するのであつた。松江の昼夢は描くのだ、男が自分を奪ひにくる、自分の幻の生々しさが男に独身を通させたのだ、強奪してもと男は思ふ、もはや我慢ができないのだ。そして二人は幸福になる。――然し松江は気付くのだつた。どの空想も二人の幸福を結びにしてめでたし/\に終ることはないのである。われ知らず昼夢に沈み、はたと自分に返る時は、それは必ず逞しいまで憎しみをこめて安川に思ひ知らしてゐる時だつた。新婚の幸福の図は稀薄であり記号の如く痩せてゐるのに、安川に思ひ知らせる憎しみの図は肉感の逞しさ生々しさに溢れてゐた。所詮は
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