すけど。秋子さんの姙娠のこと御存知でせうか? 御両親に隠し通せることでもありませんし、男が悪いんですの。くだらない因縁をつけてきてうるさいこともあるんですけど、そんなこと一々取り合ふ必要はありませんし、たいしたことぢやありませんわね。さう言つてしまへば別段理由はなくなるわけですけど、色々とうるさいものですから、赤ちやんの生れるまで静浦の別荘へ秋子さんをお預りしやうと思ふんですのよ。生れた赤ちやん誰かの子供といふことにして届けてしまへば八方無難で、何より事がおだやかに済みますわね。栗谷川さんはどうお考へになりますでせうか?」
「さうですね。それが何より無難でせうけど……」
私は煮えきらなく呟いたが、なぜなら私の脳裡には一つの疑念が動きだしてきたからであつた。この婦人は私がまるで秋子の愛人であるかのやうに言つてゐる。まるで私に秋子の支配権があるかのやうにすら言つてゐるのだ。それを疑ぐらずに軽卒な返事を答へていいのだらうか? さういふ疑念もさることながらこの婦人の例の如く淡々とした歯切れのよい語調の裏には、最も繊細な叡智によつて包まれた微妙な揶揄が、私の野暮な疑念に向つて已にその複雑な伏線
前へ
次へ
全125ページ中100ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング