ひするほかに術《すべ》を失つた人々は、後々この出来事を思ひ出して興味的な話題にする根気も手掛りもないほどだつた。私は極めて因習的な羞恥感から反射的に理由のない躊躇を覚え一も二もなく招待に応ずることのできないむねを答へたのだが、むしろ私の羞恥感がこの時いかほど不自然に見え、私の心労が醜怪に見え、私自身の立場のみが見窄らしく感じられたか知れなかつた。
さういふことがあつてから数ヶ月後、品川駅前の広場をたつた一人歩いてゐるこの人に出会つた。もとよりアトリヱでは屡々顔を合はしてゐたが、二人きりで出会ふ折はなかつたのだ。私達はお茶をのんだ。
「ナポレオンは悪性の頑癬に悩まされてゐたんですつて? 頑癬の痒さで眠れない夜寝床の上をのたうちながら大遠征を計画したんですつて? 頑癬のひろがるたびに版図も拡大したんですつての? ほんとでせうか?」
「さういふ暗合もあつたかも知れませんね」
と私は答へたが、婦人にはチョコレートを語らしめよといふチエホフの意見の通り、この有閑未亡人のチョコレートに私は深く耳を傾けもしなかつたが、夫人は厭味のない爽快な語調で、歯切れよく語りつづけた。
「ナポレオンはインポテ
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