薄な父であるが、この若者には恰も動物が動物に寄せるあの一種嗅感的関係に彷彿とした不思議な親愛と敬意を払つてゐたのであつた。
 妹は半年足らずのうちに離婚した。性病に感染し不具者になるところは免れたが、父がとんと田舎紳士の腹心で、癪にさはるほど言はでもの弁護をする、妹の泣言には一々向つ腹を立ててしまふ、悪徳の正義に就て情熱の最後の滴まで傾注した訓話を述べるといふ始末で、あげくの果には婿と手をとつて遊興に出陣する態たらくに居堪《いたたま》らず、妹は婚家を、同時に故里を、父を、逃げて上京した。叔父のもとへころがりこんできたのだつた。生憎乍ら兄のもとへころがりこんだ身を寄せたと書くべき自信も気取りも持てない。叔父の奔走によつて離婚となり、爾来私と共にこのアトリヱに棲むこととなつた。

 さて新らたな出来事は私が蕗子を上野駅へ見送つたその夕方からはじまる。昨日の約束もあることで、その日は三千代を訪れるつもりであつたが、とりあへず上野駅からアトリヱへ廻り、疲れた身体を休めるために豚のやうに寝床へもぐつた。長い熟睡が訪れ、目覚めた頃にはもはや黄昏が迫つてゐた。まもなく二人の見知らぬ訪客が現れたのだ。
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