をぬきだしておど/\した来訪者の鼻先へ突きだした。これを売つて金にしたまへ、紙片《かみきれ》はいらないのだと私は言つた。私は彼のほつとした顔付や狡るさうに光る眼の玉や複雑に歪みかたまる醜悪な表情を見たくもないので、自分の部屋へさつさと戻つた。畜生め、百円の苦痛を賭けた面付なんて不愉快だ。俺もあんな面付までしたことがあつたがと思ひだしたり、腹が立つほど苦しくなつたばかりであつた。私は曾て、二十三四の頃であつたが、のどかな郊外の道を歩いてゐるうちに、突然百円の苦痛を賭けた惨めな泣面がせずにゐられぬ自虐的な気持に襲はれ、折から通りかかつた寺院の庫裡《くり》へとびこんで、難渋した旅の者だが一飯の喜捨をめぐんでくれと泣声をはりあげて叫んだことがあつたりした。別にそれを思ひだして腹を立てたわけでもないが。
来訪者は音を殺して帰つていつた様子であつた。それで済めば文句はなかつた。数分すると、玄関の扉が静か乍ら突然あいて、物の投げ入れられた音がした。それから人が逃げて行く。出てみると、さつきの本が沓脱《くつぬぎ》の上へ置いてあるのだ。
「この馬鹿野郎! 鼻持ちのならない野郎だ!」
私は本を拾ひとる
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