体に他ならず、それ以外の何物でもあり得ないのだ。――
 すると大人は反駁する。死? 冗談ぢやない! 誰がそんな夢物語をきいてゐた? 生きることは死自体だと? そんな逆説は改まつて考へてみる気持もないが、いきなり話をそんなところへ飛ばされたんでは、とにかく聴いてゐる方で莫迦らしすぎる。私はとかく本質的な抽象論といふ奴が苦手だが、私は私なりにもつと身近かな、然し恐らく何事よりも赤裸々な底を割つて「実際の経験」の果を理窟ぬきで言つてゐるのさ。つまり七面倒な理窟ぬきにすぐと背後《うしろ》をふりかへつてみたまへ、それだけでいいのだ、即ち人間といふものは元来が、どの血管、どの神経の一本までもといふほど純粋かつ徹底的に利己的な動物なんだ。生きるとはつまり自分の利益のために生きることに他ならない。然し世間は面倒だ。表だつて直接我利一点ばりに暮せる所ではないから、義理とか人情といふわけの分らぬ約束にも分相応のふるまひをしなければならず、時には私慾を忘れたやうな顔付もしなければならないが、そこで悧巧に暮らせといふのはそこのところだ。所詮世間は騙しあひだ。嘘の坩堝だ。嘘をつくといふことだけが真実なのだ。人に
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