葉もないが、この事実ほど我々の生活に決定的な唯一言を用意した怪物は決してない。然るに多くの人々はその正体の生活に実感をもつて迫らないといふところから、死を云々する輩ほど実人生に縁遠い愚劣な苦労に憂身をやつす莫迦はないと言ひたてる。由来生きた奴が同時に死に対面する現象が決して在り得ないことは分りきつた話であるが、生と死とぶつかることがない、だから生きた奴は死ぬことがないといふ名言を、飛び上りたい恐怖の心できかない奴がおかしいのだ。私は死といふことそのものに就て斯く言ふわけではないので、我々のもはや本能的なある種の精神生活乃至知的活動に対してのそれの持つ決定的な魔力の程が怖ろしいといふのであり、それの故に生と死とぶつかることがないといふ全悲劇の慟哭にも似た悲惨な自嘲が怖ろしいといふのである。読者諸君はみだりに死を云々する非能率的な手合ひ、即ち私の如き種族を「厭世人」と言ひならはしてゐるものならば誤解であつて、かかる死の魔手の前に悪戦苦闘の輩ほど最も「好世的」――厭世的のアントニイムの心算であるが――の者はない。
 さて家庭といへば安らかに死ぬ場所と思ひつくといふ話であつたが、安らかに生きる
前へ 次へ
全125ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング