つながらの貧困をまぎらしてゐた。数年前の話であるが、私はある日新聞に偶然次のやうな広告を読んだ。
「尋ね人、六十歳の老人。六尺近き大兵。骨格逞しく特徴ある怒り肩なれど、鶴の如く痩せ衰ふ。顔面蒼白、額は広く眼光鋭し。常に空間の一点を凝視し、蹌踉《そうろう》と道を歩く。その様追はるる予言者の如し」
 勿論父の人相書きではなかつたが、年齢を訂正すればそつくり父に当てはまる人相でもあつた。当時父は事業の重なる手違ひから半分は悲愴を気取る自棄《やけ》を起して呑みまはり、白昼は町外れの山林に隠れて睡るやうに考へこんでゐたといふが、夜毎に旗亭へ現れて痴酔のあげく、せせらぎの水音高い河原へ降りて前後不覚に砂利の上へ倒れてしまふのだといふ、梟のやうな生き方をして今更ながら町民の笑ひの種になつてゐた。妹のそんな消息があつた頃で、他人事《ひとごと》とは思へぬ不快な想念が私の頭をかきあらした。
 私は肉親に就て物語ることがまことに不快だ。それといふのが肉親に特別の愛や憎しみを寄せてゐるからではなく、むしろ彼等に愛も憎悪も感じることがないからである。それにも拘らず、肉親と私との事々のつながり[#「つながり」に傍
前へ 次へ
全125ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング