なかつた。さうして私がそれに馴れ、その上の無理を決して強要しないことを知ると、却つて驚いたほどであつた。月に二度の会合に、私達は音楽をきき、スポーツを見、展覧会をのぞいた。そんな月並な散歩のほかには、全く何事も起らなかつた。私はその頃全くそれだけの逢ふ瀬でさへ満足しきつてゐたのだ。ただ秋子に会へることだけで。話ができることだけが。肩を並べて歩けるだけで。私のそんなまるで騎士的な又子供めく思慕の至情が、そのころまでは淫婦的な気持もあつた秋子の態度を逆に改まらせることになつた。私の思ひあがつた観察であることを怖れるが、けれども私はそれを固く信じてゐるのだ。秋子は叔父との関係をひそかに反省しはじめた。その内省に苦しみはじめた。そして内省の苦しさを私に気付かせまいとするために、一層懊悩の深まることが私に分るのであつた。私に会ひたい気持が次第につのる一方には、会ふ機会を却つておくらすやうに努めた。会ふたびに次第に口数がすくなくなり、常に考へる表情になり、陽のあるうちにいつも別れを急がうとして、音楽をきいた日は音楽をきいただけで、散歩の日は散歩だけで、決してそれ以上は求める筈のない私の態度を、逆に
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