bをきいた時、どういふものかまつさきに君のことを思ひだしたよ。君に教へてやつたら興味を持つだらうとも思つたのだが、然しそのことよりも、よく似てゐるなと考へたのだよ。これは冗談ぢやないのだ。君が少女ならその Catalepsy になりさうなんだよ」
「Catalepsy は必ずしも虚弱な人間がなるものではないのだ。むしろ健全な人、健全な両親の子供が思ひもよらずなる例が多い」
「さういふ厳密な話ぢやないよ。僕の言つてゐるのはただ感じのことだが、ところが僕がその少女にいざ会つてみると愈々奇妙なことがあつたのだ。君に話したいといふのはそのことなんだが。僕の会つた日は発作もなく特に亢奮状態でもなく普通の日で、多少動作に男のやうな荒つぽい感じがあるだけで、特別奇怪な行動もなかつたのだ。ところがふいにその少女が僕の顔を凝視めてね、急に叫んだものだよ。この人の友達に私の好きな人がゐるといふのだ。私の愛人がゐる筈だと、同じことを二度叫んだよ。僕はかなり面喰つたが、面喰ひながら咄嗟に思ひついたのが矢張り君のことだつたよ。その愛人は君ぢやないかと奇妙にかう、なにかグロテスクな実感をもつてさう思はずにゐられなかつたよ」
私達は思はず同時にふきだしたが、なにかグロテスクな真迫力を思はず感じずにゐられなかつた。然し二九太は私達の笑ひにもそのグロテスクな真迫力にも全く無関心だつた。
「その娘は可愛らしい顔立か?」と、二九太は冷然と長平にたづねた。
「特に可愛らしいと言へないが、普通の愛くるしい少女には違ひないな」
「身体はふとつてゐるのか痩せてゐるのか?」
「見たところ弱々しい身体だよ」
「行つてみやう!」
二九太は叫びながら忽ち荒々しく立ち上つた。
「これから早速行つてみやうぢやないか! 一見の値打があるのだ。僕は実験してみやう。暗示を与へてその反応を調べてみたいのだ。我々は早速行かうぢやないか!」
もとより私も興味を感じはじめてゐた。私達も立ち上つて早速神経病少女を訪問することに一決したが「それにしても」と長平が二九太に向つて「大勢であんまり仰々しく見物といふ恰好もよくないから、君の大学教師の名刺に物を言はせることにしやう」と言ひかけると、二九太は抽斗を掻き廻して「この方が有効だらう」と日本心霊学協会の会員証を探しだした。
外へでると、二九太は酒店で四合瓶を買ひもとめた。
「この種の神経病患者を亢奮状態に落とすには酒を用ひるのが最もいいのだ。彼等がアルコールの飲用によつても亢奮した場合には、一般に最も強度の被暗示性におちこむものだよ。たとへば水に触れしめて、これに火といふ暗示を与へただけで、火傷せしめることができるほど猛烈なものだ」
二九太は四合瓶をさげ、酒店の主人から借り受けた盃を握つて店をでたが、急に立ち止つて呟いた。
「盃でチビ/\飲ませるのは容易ぢやないな。コップで飲ます必要があるな」
すると彼は盃を返すかはりに突然鋪道へ叩きつけて粉微塵にくだいてゐた。それから荒々しく店内へ駈けこみ「僕の必要なのはコップの方だつた」と叫んでゐたが、酒店の主人が苦笑しながら差出すコップを攫ひとつて私達の方へ大股に戻つてきた。
目的の家へ着くと、日本心霊学協会会員証を握りしめた長平が五名の者を待たしておいて交渉のために這入つていつたが、間もなく現れて万事都合よく運んだむねを報告した。私達は煙草屋の二階の一室へ通された。娘は階下の茶の間にゐたやうであつた。約十数分の後神経病少女はその母親にともなはれて私達の面前に現れたが、この会見は僅々数分をもつて有耶無耶《うやむや》の終末を告げ、私達の最も期待した二九太の実験はつひにその実現をみなかつたばかりか、少女の予覚的恋愛の興味津々たる的中の一幕もなく、夢想だにせぬ陰鬱な結果を生みだすこととなつたのである。
私達の面前へ現れた少女はその訝しげな視線によつて先づ我々を交互に焼けつくやうに凝視め続けた。その眼は次第に大胆不敵な光りを加へ、その視線が私の顔に向けられた時には、恰も眼光が次第に膠着するもののやうな執拗な厚みを感じたほどであつた。少女は全く無言であつた。突然二九太は少女の前へ進んでいつた。コップに酒をつぎそれを突きだしながら激しい視線で少女を凝視めた。
「これをのんでごらん! 頭をよくする薬だよ。君はこれを呑まなければいけない!」
恐らく二九太は自分に具はる暗示性を恃《たの》み、少女に具はる被暗示性を予想したうへ、暗示によつて飲酒を強制しうるものと信じたらしいのであつた。彼の暗示は然し全く効果がなかつた。少女の瞳は益々大胆な光をたくはえ、二九太の眼を微動だにせず凝視めるばかりで、返答の気配もなかつた。
二九太は突然コップの酒をただ一息に自分自身で呑みほした。コップに再びつぎなほして、改めて少女の瞳
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