とゞまらず、その方面の大臣が又言ふまでもなく大人物で、ウム約束ならば実現せなければいかんのである、と之又屈託がない。そこで次官と折衝する、次官は専門の行政官ですから頭の中には机の抽斗《ひきだし》だの書類だのが充填してをります。大いに驚いて、そんなことが君できるものか、と最後的見幕を以て開き直つてしまつた。
生憎この約束は内閣の公約した政策と全然反対のものであつた。とはいへ、そこは大人物の内閣で、右から左へ曲るぐらゐにこだはる量見はないのですから、光風|霽月《せいげつ》と申しますか、水従方円器と申しますか、明鏡止水の心境です。内閣の方では全然こだはらぬにも拘らず、之が世間へもれてくると、大問題になつた。
この次官は後に官僚をやめて反対党に走り大臣になつて辣腕をふるつた人物ですから、五郎兵衛の折衝は重|且《かつ》大です。ところが五郎兵衛はそのとき私事に悩んでをつて、居所さへ定かならず、一世一代の腕の見せ場所で、時を失し、機を失した。五郎兵衛の居所を探すために院外団が東西又南北の待合を走り廻つたといふ有様で、要するに彼も亦一方の大人物であつたかも知れません。
当時加茂五郎兵衛の悩める私
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