びらを吹く風に追はれて、困りながら歩いてゐるのです。
私は若干の勇気をもつて折葉さんの方をぬすみ見ずにはゐられなかつた。さうして、私はそこに、まさしく折葉さんの横顔を見た。けれども、鼻の形や唇はとにかくとして、何事も耳に聴えぬやうな顔のあまりの涼しさに驚きました。耳があるのか、耳があるならば、この人の節制はこの世の物ではないやうな、すべて遠い世の有様を眼前に見てゐるやうな奇怪の感にとらはれましたが、その風の涼しさはまさしく桜の森林に花びらを吹く風の類ひに異なりません。
生憎私の宙ブラリンの教養はかういふ唐突な古代史の人々の生活に対処し得る訓練が欠如してをるものですから、多分私の驚きが鏡の如く純潔な太郎丸氏に反映致したものか、太郎丸氏は大きな目を顔一ぱいに見開いて、私をヂッと見てゐました。そして私が心にもなく、なぜあなたは生きるのが面倒になるのですか、といらざる口をすべらしたものですから、私がシマッタと思つたときには、すでに顔一ぱいの大きな目を急に小さくすぼめてゐました。そして急いで立上つて、資料に就て二三事務的なことを言ひ添へて、立去つてしまつたのです。
底本:「坂口安吾全集
前へ
次へ
全16ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング