れろ、さういふ条件が世話人と其方面とに結ばれてをつた。勿論世話人から新総理たる人にその旨通じてはありましたが、この新首相が、大政治家といふのか大理想家といふのか、之を称して大人物と申すのかも知れませんが、約束だの前言などゝいふものに束縛せられるやうな狭い量見がございません。ズラリと並んだ新大臣が又いづれ劣らぬ大人物で、司法大臣が支那問題に就て大演説をするかと思へば、総理大臣の施政演説と同じ要領で方針を説く大臣もあります。官僚的実務を馬糞の如くに蹂躙して政治の勢威豪快華美なること今日の如くに人心のコセ/\した時代の量見では推量もつきません。行政事務は各々専門の次官にまかせ大風呂敷をひろげて天下国家をコンパスでひいた円のやうに自在又流暢にあつかつてをります。
 組閣当初の約束などはどこへ消えたか影も形もない有様に、世話人は慌てました。この世話人と特に親交のあつたのが加茂五郎兵衛です。
 そこで五郎兵衛は総理に面会して、あの約束はどうなつたか、早々実現してくれろ、と掛合ふ。もとより大人物のことですから、ウム、約束は実現せなければいかんのである、と言つて一も二もなく思ひ出してくれる。それのみにとゞまらず、その方面の大臣が又言ふまでもなく大人物で、ウム約束ならば実現せなければいかんのである、と之又屈託がない。そこで次官と折衝する、次官は専門の行政官ですから頭の中には机の抽斗《ひきだし》だの書類だのが充填してをります。大いに驚いて、そんなことが君できるものか、と最後的見幕を以て開き直つてしまつた。
 生憎この約束は内閣の公約した政策と全然反対のものであつた。とはいへ、そこは大人物の内閣で、右から左へ曲るぐらゐにこだはる量見はないのですから、光風|霽月《せいげつ》と申しますか、水従方円器と申しますか、明鏡止水の心境です。内閣の方では全然こだはらぬにも拘らず、之が世間へもれてくると、大問題になつた。
 この次官は後に官僚をやめて反対党に走り大臣になつて辣腕をふるつた人物ですから、五郎兵衛の折衝は重|且《かつ》大です。ところが五郎兵衛はそのとき私事に悩んでをつて、居所さへ定かならず、一世一代の腕の見せ場所で、時を失し、機を失した。五郎兵衛の居所を探すために院外団が東西又南北の待合を走り廻つたといふ有様で、要するに彼も亦一方の大人物であつたかも知れません。
 当時加茂五郎兵衛の悩める私
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