して、私はそこに、まさしく折葉さんの横顔を見た。けれども、鼻の形や唇はとにかくとして、何事も耳に聴えぬような顔のあまりの涼しさに驚きました。耳があるのか、耳があるならば、この人の節制はこの世の物ではないような、すべて遠い世の有様を眼前に見ているような奇怪の感にとらわれましたが、その顔の涼しさはまさしく桜の森林に花びらを吹く風の類いに異なりません。
生憎私の宙ブラリンの教養はこういう唐突な古代史の人々の生活に対処し得る訓練が欠如しておるものですから、多分私の驚きが鏡の如く純潔な太郎丸氏に反映致したものか、太郎丸氏は大きな目を顔一ぱいに見開いて、私をジッと見ていました。そして私が心にもなく、なぜあなたは生きるのが面倒になるのですか、といらざる口をすべらしたものですから、私がシマッタと思ったときには、すでに顔一ぱいの大きな目を急に小さくすぼめていました。そして急いで立上って、資料に就て二三事務的なことを言い添えて、立去ってしまったのです。
底本:「坂口安吾選集 第四巻小説4」講談社
1982(昭和57)年5月12日第1刷発行
底本の親本:「新時代」
1945(昭和20)年
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