性の犯罪者だと言ふのであつた。岡本と信子は恋仲だとも言はれ、ひところはずゐぶん親密さうにしてゐたものだ。そのころ信子は二十一二、岡本は四十六七で、信子は然しなるべく女友達を一緒に誘ひ、岡本と二人だけでは歩かぬやうにしてゐた。もつとも本当のあひゞきは人目をさけるものであるから、裏のことは分らない。
信子には何十人の情夫があるのか、見当もつかないといふ噂であつた。然し、信子の情夫と名乗つた男がゐるわけではない。ともかく、何十人かの男の友達がゐる。その男達の何人かゞ相当の金をつぎこんでゐることだけは明瞭で、信子の服装は毎日変り、いづれも高価なものである。月々一万ちかい暮しむきだと言はれてゐるが、信子の給料は百円に足らないのである。
信子は構造社といふ出版屋の企画部につとめてゐた。社長の秘書だとか、つまり二号だとかと噂もあるが、社長は六十ちかいお金持で、出版は道楽だつた。高価な画集や、趣味的な贅沢本を金にあかして作つてゐるが、なかに一つ、あまり世間に名の知れない国史家の本をすでに何冊かだしてゐた。この国史家は竹馬の友だ。町田草骨といふ人である。別に大学教授でもなく、いはゞこの人の国史も中年
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