死んでやらうといふ考へで会ふのだが、この重圧ある意識に疲れてそんなことをおくびにも出さないばかりか異様に疲れてしまつた。到頭こんどは故郷を逃げて一目散に東京へ帰つてきた。
帰る汽車の中で、もう新潟の自分の心が夢のようにしか思ひだせなかつた。私は汽車の中で考へつづけた。だいたいダンスホールへ這入つてゐながら踊らないなんてことがかういふ阿呆な感傷に落込むもとなんだ。ダンスホールのソファに埋もれ、踊りもしないでボンヤリしてゐるなんてことは、まつたく古典的な精神的風景美があるからな。この風景美は大いに排撃すべきだ。よろしい、ダンスを習はふ。ダンスホールへ這入つた時はダンスをするやうにさへすれば、かういふ愚劣な哀愁にまどはされる筈はありえない、と。
私は東京へ帰るとほんとにダンスを習ひはじめた。但し三日間。四日目にはうんざりしてゐた。レエゾン・ド・ビイヴルといふことを考へるとやりきれない。私がドストエフスキイを愛するのは彼の作中人物がみんな自分の生命力を感じたいためにあせりぬいてゐる、それが甚だなつかしいのも一因である。
底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「都新聞」
1936(昭和11)年3月17日〜19日
初出:「都新聞」
1936(昭和11)年3月17日〜19日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング