なることがよくあるものだ。こいつにマトモに気を入れると一生のマチガイになる。一時の迷いなんだよ。な、若い者は若い者同士だ。当り前じゃないか。日野サンがだいぶあなたにあついようだが」
「あんな子供、きらいです」
「子供ッて、あなたも子供じゃないか」
「私が子供だから、あの人の子供ッぽいのがたまらなくイヤなのかも知れないわ。子供は子供同士ッて、どういう意味でしょう。似た者同士はイヤなものだわ。鼻につくんですもの。子供のくせに変にスレッカラシのところまで似てたら、やりきれないのは当然です。あの人のこと云いだしたの、なぜですか」
「まアさ。そう私をいじめないでおくれ。あなたの人生はこれからまだ五十年もあるのだから、一生を決する大事に一年や二年考えたって長すぎやしないんだ」
 トオサンは真剣に困りきっていたようですが、そのとき八千代サンが突然こう叫んだものです。
「トオサンは小夜子サンが好きなのね!」
 これにはぼくの方がびっくりしました。いったい、トオサンが小夜子サンが好きだということを、どこから嗅ぎつけたのでしょう。そんなことはトオサンの顔色にでたことはありませんし、現にこう八千代サンが叫んだときですらトオサンはなんとなくやや重々しく落着いてみせただけで眉の毛一筋だって動かしやしませんでした。けれどもトオサンが小夜子サンが好きだというのは事実なのです。毎日、朝から夜中まで一しょに働いて暮しているぼくにだけは判る理由があったのです。と申しますのは、実はぼくが小夜子サンにひそかに思いをかけておりますからで、同じ思いの人間が小夜子サンも交えて三人一しょに暮しておればそれはおのずと通じないはずはないものです。
 小夜子サンと申す人はここのお座敷女中です。三人いる女中のうちの一人で、とても美しい人でした。女子大中退という教養もかなりの人で、こんなところで働くのがフシギと申すほかない麗人でした。御座敷女中入用のハリ紙をみてこの人が訪ねてくれた時にはトオサンもぼくもびっくりしたもので、
「ハキダメへ鶴がおりるということは申しますが、こんなチッポケなうす汚い安料理屋へあなたのような人が働いたらおかしいや。よした方がいいですよ。よその立派な店がいくらだって雇ってくれますぜ」
 トオサンはむだなことを云わさないと云わんばかりにこう申したものですが、小夜子サンはここが気に入ったから働かせてくれと重ねて云うのです。
「ここのどこが気に入ったんです」
「あなたがそんなふうに仰有《おっしゃ》るからよ。私あんまりパッとしたところで働きたくないんです」
「あなたがパッとしすぎてるからさ。ここじゃア、しかし、どうも、ねえ。あなただけパッとしすぎて、ここの客が寄りつかなくなッちゃうよ」
 まったく見るからにパッとした存在でした。ミナリだって渋くて上等なものでした。一見して家柄を感じさせるような気品があって、それで目がさめるほど美しいのですから、パッとしすぎてここの客がよりつかなくなるというのも云いすぎではありません。この人がまた意地ッぱりで、とうとうここに働くことになったばかりでなく、まる二年ここに落着いてるんですから、まったく妙な話です。トオサンはカンバンになってイヤな客が小夜子サンを送って出そうな気配があると、ぼくに目配せして、
「小夜子サンを送ってあげな。ねえ、小夜子サン。今夜は龍ちゃんに送らせて下さい」
 こう云ったものです。万一のことがないようにと気をつかってのことです。イヤな客にはハッキリと、
「今夜は龍ちゃんが小夜子サンを送りますから、あなたはひきとって下さい」
 などとズケズケ云いました。そういうところは小気味のいいトオサンでしたが、自分の胸の思いをうちあけるには全然勇気がなかったのです。むろんトオサンには奥サンもあるし子供もありますが、小夜子サンにも御亭主があったのです。物理学者で、書斎の虫だったのです。仲は冷いようでした。
 八千代サンも可愛い娘でしたが、小夜子サンが万人その美を認めざるを得ないていの麗人ですから、自然ひそかに嫉妬せずにいられなかったのでしょう。
 その小夜子サンが二世のセラダと熱海で心中して、二人とも死に損いました。日野と八千代サンの一件というのもその時にあったことです。いまはその一件を語るのが目的ですから、小夜子サンとセラダのことはやがて章を改めて語ることに致します。
 小夜子サンとセラダが死に損ったということは新聞の夕刊に小さく出ていたので判りました。トオサンはとる物もとりあえずというていたらくでカッポウ着をかなぐりすてて熱海直行ということになりましたが、そのとき店に来合せていたのが日野と八千代サンでして、
「じゃア、ぼくも行きます」
「私も」
 この二人がどういう反射運動か、その気になって立上ったものですから、トオサンも考え
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