まうまでもないような妙な事が起りました。小夜子サンがトオサンを誘いだして二人で行方不明になったのです。
セラダは所持金が少くなったから、一そうヤケに札をクシャ/\わしづかみにして小夜子サンにチップをはずみました。おかげで小夜子サンはちょッとした成金気分になって、ナギナタ二段嬢なぞもコンパクトやセーターなぞおごってもらい、彼女が実はナギナタよりもコンパクトが好きであったことなぞが実証されて浮世には意外に怪異が少いことなぞも納得せざるを得なかったのです。
成金気分の結果として小夜子サンは職業上の習性に反逆しツバメをつれて旅にでてみたいような誘惑にかられたのかも知れません。トオサンに向って銀座へ映画を見に行きましょうと誘ったのは、銀座の一語によってトオサンの調理場装束を脱がせる策略にほかならなかったのです。
結局二人は銀座ではなく、大きな山脈をつきぬけて、日本海の海岸へでてしまいました。そこは直江津という海岸でした。晴れていれば佐渡も見えるはずでしたが、暗い雲が海をもせまくとじこめて浜にも海にもミゾレが降っていたのです。
「私の祖先の土地なのよ。オジイサンの代までこの海岸に住んでいたのよ」
と小夜子サンは説明してきかせましたが、トオサンは吹きつける波のシブキとミゾレの寒さ痛さと闘うのに必死で、感傷以下に衰弱しきっていたのです。気マグレな茶のみ友達と歩くのも容易なことではありません。
「この海なら、とびこむとたんに死んじゃうわ」
と小夜子サンが突然すごいことを云いました。風に顔をそむけてその言葉だけ聞いたトオサンは、ウムその気か、もう仕方がない、よし死のうと悲痛にもはやまって心を決したほどでしたが、実は小夜子サンがトオサンの勇気をひきたてるための冗談だったのです。
「ウーム。私の血の匂いがする」
と小夜子サンは平気で荒海の吹きすさぶ風を吸ってなつかしがっていました。それから宿へ帰って、二人はとりいそぎコタツにしがみついた次第です。
「茶のみ友達ッて、どんなことをするの」
小夜子サンはこう云ってトオサンをからかったものです。トオサンもこれにはいたくてれまして、
「どうも、ね。今回が開校式で、かいもくメドがつかねえなア。とにかく今日の茶のみ話は寒かったね」
「トオサン、返事もしてくれなかったわ」
「あれでいいんだよ。茶のみ話てえものはね、あまり言葉なぞ用いねえ方が
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