げる怒りを押えて奴の顔を睨みつけていたのです。
 小夜子サンをかくまうには元貴族が安全だとは、ふざけているではありませんか。我々の場合、かくまうとは隠すことです。隠すに元貴族も元宮様も必要があるものですか。必要なのはゼロやXだけではありませんか。いわんや、わざわざ元貴族のニセモノをつくって、そこにかくまうとはナンセンスにすぎません。
 法本は冷血な悪魔です。たくらみだけで生きてる奴です。もっとも、ぼくも同じようなものですし、客商売のぼくらの場合、人殺しでもお客はお客、人を殺して盗んだ金でもお金はお金、よけいなことは考えません。けれども、こと小夜子サンの場合は別で、商売とは別個のぼく個人の問題でもありますから、黙って見ているわけにはいきません。
 元貴族のニセモノを仕立てて小夜子サンをかくまうなぞとはトオサンをだましてていよく小夜子サンを誘拐する手段にすぎないということは、日野の奴むろん承知の上で云ってるのです。奴がニヤニヤ笑っているのはトオサンの味方の顔なのか、法本の味方の顔なのか。どっちを裏切るつもりなのか。双方裏切ることだって奴めは至極平気なのです。なぜなら奴はその裏切りが裏切りとして通用しないことを知ってるからです。ただニヤニヤと笑いながら、しかも酒に酔っぱらって、法本がニセの貴族を仕立てて小夜子サンをかくまう計画をもっているよともらしただけでは一応誰を裏切ることにもならないばかりでなく、むしろ双方から味方と思われる可能性の方が多いことも計算に入れているのです。場合によっては、そんな風に云い逃れの可能性もあることを計算の上の仕事なのです。
 ぼくに見破られていることに気附くまで、ぼくは何分間も奴めの顔を睨みつづけていました。奴めはいちはやく気がついた様子でしたが、対処の策が定まるまで気づかないフリをしていました。彼は急に慌てたフリをして、顔を赤らめ、
「法本はとても良い人なんだ」
 と云いました。そこでぼくは意地わるく、
「キミは法本はわるい人だと云うべきか、よい人だと云うべきかと考えた上で、よい人だという方を選んだんだね。キミは法本に味方する気だね、ぼくたちよりも」
「そんなことはないよ。ぼくは純粋に法本を信じてるんだ。彼は当代の人物だよ」
「するとぼくやトオサンはどうなんだ。当代の人物のギセイになってもいいような、とるにも足らぬ人物か」
「そんな云い方はよ
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