大事にしてくれるのは旦那様が生きているうちだけのこと。旦那が死ねば妾の子などは村には居づらくなるだろうし、誰も大事にしてはくれない。今は人の羨む金があっても座して食えば山でもなくなるという通りのものだ。オトキはこう考えているから、娘の聟は低い身分の者でタクサンだ。実直で、利巧なところもあって、働きのある男を見込んで聟にとり、城下町へ店でも持たせて、末長く一本立ちができて子孫が栄えるようにさせたいものだと思っている。
ところが娘のオ君というのが年は十六、かほどの美形がお月様や乙姫様の侍女の中にも居るだろうか、居ないであろうというほどの宇宙的な美人である。実直で、利巧で、働きがあれば、藪神の非人頭段九郎の配下の者でも聟にとるそうだ、という噂がひろまったから、近郷近在は云うまでもなく、遠い他国の若者に至るまで、意気あがり、心の落ちつかざること甚しい。ために十里四方の若い者は各々争って働きを誇り、怠け者が居なくなったというほどの目ざましい反響をよんでいる。
ところが目明の鼻介の野郎が三里の道を三町ほどの速さで歩いて、団右衛門の妾宅へ毎日のように出入りしていることが知れたから、若い者から年寄
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