ソッとぬけだして、自身番へ駈けこむ。これはもう鼻介でなくちゃアいけねえというので、真夜中に叩き起されて、十手をチョイとお尻の方へ落し差しにして、でかけた。雲をつくような浪人が三人、主人の枕元へ刀を突きつけて、千両箱をださせているところだ。へ、今晩はと部屋へはいって、
「千両箱は重うござんすよ」
などと云いながら、お尻の十手を手にとって、チョイ、チョイ、チョイと三人の腕や背や胸をつくと、三名の豪の者が麻薬のお灸にかけられたように痺れてしまった。
素人が見たのでは、人間の身体は脆いようでも丈夫なもの。刀で斬れば血がでるが、拳でなぐったってコブはできても、それだけのことだ。ところがあらゆる人間には弁慶の泣きどころという急所が全身に五百六十五もあるのだ。名人がそこの一ツをチョイとやると、天下の豪傑でも麻薬のお灸にかけられて痺れてしまうのである。
凄かったのは、上野のお花見の時。ウーム、見事なものだなア、と鼻介が桜の下を歩いていると、行手に当って花見の人々がワッと逃げてくる。何事ならんと駈けつけると、十一名の悪侍が、美しい娘を二人つれたオジイサン侍にインネンをつけ、果し合いになったのである
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