るとこれだけやる、チリンチリンと一枚ずつ音をさせてみせた上で、又、そっくり持って帰る。手附金だの袖の下というものをビタ一文でも置いて行くようなズルイ奴はいないのである。まさしく実直。国法の罪にかかるところがミジンもない。それどころか、これを放置しておくと、
「鼻介の野郎、ヨダレの三斗もだしやがって、オレが財布をフトコロへ納めたら、イヤハヤ、奴メのタマゲたこと、キンタマが垣根にひッかかったみてえなザマしたものだ。あの慾タカリめが」
ということになって、ズルイ上にもズルイ劣等人種にされてしまう。けれども、鼻介は心得があるから、そんなことは云わせない。
人が訪ねてくる。鼻介の住宅は物置を改造したものだから、台所もあらばこそ、部屋は一ツしかない。
「誰だ? ま、はいれ」
と云うと、戸がスルスルとあく。鼻介の野郎は奥の自在鍋の前にデンと坐っていやがる。ハテナ、誰が戸を開けやがったのだろう、とウロウロ見まわしていると、
「早くはいらねえか。田舎ッぽうのノロマ野郎め。礼儀一ツ知らねえ野郎だ。寒くッて仕様がねえや」
客がはいると、戸がスルスルと閉じる。奥にいる鼻介は動きもしないし、ほかに人の姿
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