土地の言葉でいッちキッツイモンである。
 そこで有志のアンニャから丁重な使者が差しむけられ、四人の豪傑に集ってもらった。ナマズ、ドジョウ、タニシ、雀、芋、大根、人参、ゴボウなどとタダの物を持ちより二の膳つきの大ブルマイ。
「話というのは外でもねえが、オメ様方をいッちキッツイモンと見こんで、ここに一ツの頼みがあるてもんだて。鼻介の野郎を一発くらすけてやらねば十里四方には男が居ねというもんだが、さて、あの野郎もタダ者ではねえな。オレが睨んだところでは、生き馬の目の玉をぬくてガンが、あの野郎のことらね。オッカネ野郎さ。さア、そこで、オメ様方に腕をかしてもらわねばならねてもんだが、ここに困ったことには、あの野郎も十手をあずかる人間のハシクレであってみれば、ただくらすけるワケにもいかねてもんだ」
 十手ときくとグッと胸につかえたドブロクを飲み下して何でもないらしい顔で静かに目をとじた鬼光。
 やがて、もっともらしく目を光らせて、
「オラトコのオトトとオカカの話によれば、ンナもいつまでも相撲ばッかとッて居られねぞ。アネサもろて身かためねばダメらてがんで、なんでも来月ごろにはよそのアネサがオラトコのヨメに来るという話らてがんだネ。アネサもらえば若えアンニャの気持ではいけね。よそのアンニャと相撲とるのはもはや今後は堅くやめねばならねゾてがんだネエ。そんげのことで、オラ今度相撲とると、オトトとオカカに叱られねばならねがんだテ」
 土俵の上よりも力がいるらしく、額と鼻の頭には汗の玉がジットリういている。百姓は理窟ぬきで役人を怖れる。長く悲しい歴史の然らしめる習性。身に覚えのあるアンニャの総代はゲラゲラ笑いたてて、
「オメ様に一ツくらすけられると熊れも狼れもダメになるほどのキッツイモンを、オトトもオカカもめッたに叱るわけにはいかねもんだわ。オラそんげに命知らずのオトトの話もオカカの話もきいたことがねえもんだ。そんげのオトトとオカカが居るがんだれば、オメ様の代りにオトトとオカカにきてもろて鼻介の野郎をくらすけてもろた方が話が早えわ。安心しなれて。あの野郎をくらすけても文句のでねような方法が、ここに一つあるがんだ」
 そこで一同は額を集めて密議を重ねる。めでたく相談がまとまって、その晩は前祝いに充分のんで、一同アンニャの総代のウチに泊りこむ。
 さて、翌朝になった。この村は鼻介がオトキの妾宅へ通う道に当っているから、一同は仕度をととのえて鎮守様の社の前に集り、また村中にふれをだして、
「オーイ。面ッ白《シ》ェことになるれ。みんな早う、来いや、来いや」
 人々をよび集めて、鼻介の通りかかるのを今か今かと待っている。
 鼻介が通りかかった。アンニャの総代が走って行って、
「オーイ。鼻介」
「何を云やアがる。唐変木め。口のきき方も知らねえ野郎だ。又、物は相談だが、じゃアあるめえな」
「アハハ。今日はチョッコリ仲間にはいって貰いてもんだが」
「バカヤロー。てめえ達の仲間にはいっていられるかい。こッちは忙《せわ》しいんだ。顔を洗って出直しやがれ」
「そういうワケには、いかねえな」
「なにが、いかねえ」
「オレがきいたところでは、ンナはたしか剣術を使うことが上手らという話らッたが」
「モタモタ云やアがるなア。日が暮れるぞ、ほんとに。剣術を使うが、どうした」
「ちょうどンナにいいことがあるて。ンナも知っているだろうが、十里四方にキッツイモンは誰かと云うと、みんなが四人の名をあげるな。鬼光、海坊主、米屋のアンニャ、それから飛作の四人の野郎だて。ンナには気の毒の話らが、ンナの名をあげる者は誰もいねな。さて、四人のいッちキッツイ野郎は誰らという話になると、それが困ったことには、術の種類が違うがんで、野郎どもの顔が一度も合うていねもんだ。オレはアレがいッちキッツイ。ウソこけ、コレらは。もうはや喧嘩になって仕様がねもんだ。そこでオレの村ではみんなが相談して、そんげのことで毎日みんなの者が喧嘩していたがんではいけねから、四人の野郎に来てもろて勝負をつけてもろたらよかろ。タダで頼むわけにもいかねから、いッちキッツイ野郎には金の十両もくれてやれば、あの野郎どものことら、大喜びで勝負つけよてもんだ。さて、そういうことに話がきまって、今日が勝負をつける当日らて。ンナもいいとこへ通りかかったもんだわ。ンナが通りかからねば、誰もンナみてな馬鹿野郎を思いだす者はいねがんだが、ンナの姿を見たもんだ。あの馬鹿野郎も自慢こいて威張ってけつかるがんだが、入れてみれ、面ッ白《シ》ェわ。そうら、そうら、てがんだ。それでオレがンナをよびに来たのらが、オレの本気を云えばンナは仲間にはいらね方が利巧らな。ンナにはとても十両の金はとれぬし、くらすけられて目をまわすのはまだいいが、ノビてしもて息を吹き返さねと来た
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