お代り」
「オヤ。なかなか、やるな。オレは行々寺の海坊主らわ。こんげの火消しのアンニャと違ごて、オレがくらすけると熊の頭の骨がダメになるがんだが、オレれも坊主のうちらて。ンナの頭の骨をあくまでダメにしてとは思わねが、どうら。ンナ、やめねか」
「アッハッハ。江戸へ連れて行って見世物にかけたいような大入道が現れやがった。ここで退治ちゃア、もッたいねえや。サア、おいで」
「この野郎」
大入道が拳をふるって殴りかかる。ボクシングで御承知の通り、スイングというものはめッたに極まるものではない。大入道の拳をかわすぐらいは、鼻介にはなんでもない。散々空をうたせると、さらばと大入道、両手をひろげて、
「この野郎めが」
と躍りかかる。その時チョイと脾腹をつくと、ゲゲッとけたたましい一声を発して、大入道はズシンとひッくりかえってノビてしまった。
「お次ぎの番だよ」
「オヤ。ンナはなかなかヤワラの手が上手のようらて。オレは真庭念流の剣術らが、ヤワラてがんは日本一の名人れも剣にかかればなンにも役に立たねもんだが、ンナはそれれも承知らか。むかし佐々木岸柳という野郎は宮本武蔵という野郎に木刀れたッた一つシワギツケられて死んだもんだわ。オレも木刀らが、ンナ、あやまれ。そうせば、やめてやるわ」
「アッハッハ。おめえはいくらか腕が立つかな。田舎の棒フリの手を見てやろうじゃないか。もッたいないが、一ツ十手を使ってやるかな。さア、おいで」
「この野郎。頭の皿わられるな」
はじめて両者ピタリと構える。米屋のアンニャがジッと見ると、相手もなかなかやる。けれども一尺五寸ほどの十手のことだから、大したことはない。木刀の間《マ》にはいるとやられるから、奴メ一人前に十手を構えて遠く離れていやがる。ジリジリ進むと、ジリジリ下りやがる。当り前のことだ。ジリジリ進む。ジリジリ下がる。ジリジリ進む。とたんに相手がササッと進んだものである。一瞬もその気配を察知し得なかった米屋のアンニャ、すでに相手が間《マ》にはいっているから、いきなり振り下す。空を斬ってトントントン。利き腕を打たれてポロリと木刀を落す。鼻介の左手でチョイとヒジをつままれて、爪先で延び上って、
「イテテテテ……」
チョイと十手で脾腹をつかれると、ギュウとノビてしまった。
今度は本職の剣術使いだから大丈夫だと思っていたのに米屋のアンニャまでノビたから、
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