り遊んだりしている。
村の者は大そうこまった。子供を叱りつけて、野良へつれだして手伝いをさせる。いつのまにやら見えなくなってしまう。
子供が三人あつまれば、野良仕事はそッちのけで、モチ竿を突きだして、
「チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ」
妖しい手ツキで虫や雀を追いまわしている。食事時には、皿まわしをやる。ヒンピンと皿が盗まれる。こわれる。村の子供は、チョーセイ、チョーセイと咒文を唱えると、どんな怪物も疫病も退散すると心得ているらしくて、親父どもが叱りつけたり追っかけたりしても、おどろかず、たちまち妖しい手ツキをして、
「チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
親の鼻の先で、両手の指を妖しくふるわせて親を咒文にかけようとする。トンボとまちがえているらしい。
そこで村の大人が庄屋の屋敷へ集って相談会をひらいたが、一同は殺気を帯びて、評定前からむやみに興奮している。
「あの野郎、くらすけて[#「くらすけて」に傍点]やらねばならねが、ハテどうしたもんだろう」
くらすける、というのは、ブン殴るということである。
「それには先ず、てんでが棒、鳶口、クワを持って野郎のウチへ押しよせる。野郎の屋敷をたたきこわして、川へぶちこんでしまえ」
「そうだ。そうだ。野郎逃げやがったら、ぼったくって、天ビン棒でしわぎつけてやれ。ころんだところをキンタマしめあげて、くらすけてから、ふんじばって村の外へ捨ててしまえ」
ぼッたくる、というのは、追ッかける、という意味である。殺気横溢、大そう乱暴な雰囲気であるから、長兵衛が一同を制して、
「待たッしゃい。待たッしゃい。手荒なことをしても、なんにもならない。ホラブンは金があるから、再び、村へ戻ってきて屋敷をつくれば元のモクアミ。腹イセに村の子供をたきつけて、どんな悪さを企むか分らない。子供に火ツケでも教えこまれると、村が灰になってしまうぞ」
「それは困ったこんだ」
「さア、そこだ。奴めが自然村に居たたまらないような計略をめぐらさなくちゃアいけない。例年通り、お諏訪様の祭礼がちかづいたが、知っての通り、この祭礼に限って藪神《やぶがみ》の非人頭段九郎が境内を宰領することになっている。段九郎は配下の非人二十人と山犬十匹をつれて宵宮の前夜に山を降りてくるが、配下と山犬は河原へ小屋がけして祭礼のあいだ住んでいるが、村や祭礼へは遠慮して出てこない慣例になっている。段九郎だけが当日に限って紋服を許され、祭礼の世話人席に控えることになっている。オレが思うには、段九郎の手をかりて、ホラブンを退治してやろうと思うが、どうだえ」
「なるほど。雀とりの競争をやらせて、負けた方を、くらすける」
「ただくらすけるぐらいでは仕様がない。お前たちも知っての通り、段九郎の山犬は狼の一族だ。あの山犬の遠吠えをきくと、村や町の飼い犬は小屋へ隠れてふるえているということだ。今年は四年目の大祭であるし、何十年来の豊作だから、特にさし許す、と称して、段九郎の配下と山犬をお諏訪様の裏の藪へ小屋がけさせる」
「それは大ごとら[#「大ごとら」に傍点]。参詣人が山犬に食べられてしまうがね」
大ごとら、というのは、大変だ、ということである。
「山犬は段九郎になついているから、命令がなければ人にかみつく心配はない。四年目の大祭には近郷近在から参詣人があつまる。ちょうど稚子舞いの始るころが、参詣人の出盛りだな。ドン、ドオン、と大太鼓を打ちならす。いよいよ稚子舞いが始まるところだ。そのときワアッという騒ぎが起る。十匹の犬があばれて、境内へとびこんできたのだな」
「大ごとら。あんたどうしてくれるねー」
「オーイ。段九郎。早く犬をしずめろ、と云うと、段九郎が蒼くなって、イヤ、オレはダメら。ウッカリ忘れていたが、山犬は太鼓の音を耳の近くにきくと気がちがってわけがわからなくなってしもう。オレが止めに行っても噛まれてしもう。仕方がないから、四人五人食べられてもらおう。食べるだけ食べれば、気がしずまる」
「馬鹿《ウスラ》げな。あんたが食べられて了いなれや」
「そのときオレが段九郎の手をひッぱッて、ホラブンのとこへ駈けつける。奴めは村の大祭だから、ここがもうけドコロと、十日も前から村の子供にセンベイをシコタマやかせ、アメの一石もこねて、境内の広場に店を構えてけつかるに相違ない。そこへオレがとんで行って、ヤイ、ホラブンめ。お前は日頃野の鳥も山の犬もオレの友達だからモチ竿をつきだすとみんなおとなしくなってオレのモチにかかると言っていたな。まさか後へはひくわけにはいくまい。さ、あの山犬をしずめてこい。段九郎や。お前からも、よく、たのめ。それ、段九郎もたのんでいるぞ。まさか、できないとは言うまいな。出来ないと言うたら、段九郎の配下どもにウヌの屋敷へ糞をまかせて何百年も住めないようにしてくれるから、そう思え」
「ワー。オモッシェ[#「オモッシェ」に傍点]なア」
というのは、ワー、オモシロイナア、ということである。舌のまわらない子供じゃなくて、オヤジどもが喋っているレッキとした大人の言葉なのである。
「こう言われると後へはひかれないから、奴が山犬をしずめにゆく。それをみて段九郎が山犬をケシかけるから、たちまち十匹の山犬がホラブンにとびかかって、ところきらわず噛みついてしもう。いい加減のところで段九郎が山犬をしずめてくれるから、ホラブンの奴め、一命は助かるけれども、全身血だらけの重傷はまぬがれないな。これで奴めは、顔向けができないから、家をたたんで、夜逃げをしてしもう」
「そうだ。そうだ。それが、いッち、いいがんだ」
と、皆々大そう喜んだ。
祭礼がきたので、長兵衛は自ら段九郎のもとへ赴いて、密々に相談する。段九郎が快くひきうけてくれたから、例を破って神社の裏の藪へ非人小屋をかけさせて、前夜には、酒や米を存分にふるまってやった。
当日は秋ばれの一天雲もない好天気。田は上々のミノリであるから、あとはトリイレを待つばかり、心にかかる雲もない近郷近在の農民がドッと祭礼へおし出してくる。
この諏訪神社の祭礼には、ミコの舞いもあるが、近郷八ヶ町村の中から、年々良家の美童一人を選んで、祭神の化身にたて、多くのミコにかしずかれて稚子舞いをやる、これが名物。今年の稚子はどんなに可愛いだろうと、遠近から参詣人があつまってくる。老婆連は本当に祭神の化身と信じて、ありがたや、もッたいなや、ナンマンダブ、ナンマンダブと拝んでいる。
ドン、ドドオンと大太鼓が鳴りだしたから、さア、いよいよオ稚子サマが現れるぞ、というので、人々は舞台のまわりにひしめいて待ちかまえるところへ、
「キァーッ。助けてくれえ」
「オラ、ダメられーキャッ。オラ死ぬれねー」
「助けてくんなれやア。犬がオラこと、ぼッたくッてくるれねー。どうしたもんだてバア」
などゝ、大変な騒ぎになった。万事予定通りに、うまく運んで、長兵衛は段九郎の手をひッぱって、ホラブンのところへ駈けつけて、
「ヤイ。ホラブン。キサマ日頃大きなことをぬかしてけつかッたが、今日こそ広言通りの手並を見せてもらわねばならんぞ。キサマあの山犬をしずめてしまえ。今になって、できませんとぬかしたぶんには、キサマの屋敷に糞をまかせて何百年間寝る瀬がないようにしてくれるから、そう思え」
「ホ。そうか。ドレ。ドレ。ホ。山犬があたけてけつかる。よし、よし。オレがしずめてやろう」
大そう気を入れて、たのまれなくても、という打ちこみ方。彼の顔はかがやいている。
「オ。千吉。コラ、このガキ、きこえないか」
ホラブンは村中の子供の名前を一人のこらず知っている。みんな友だちだからである。
「ホラ。千吉テバ、ブンさんがウナこと呼んでるろ」
「なんだね」
「モチ竿かせ」
千吉のモチ竿をかりて、ちょッと一ぺん、ふってみて、出かけて行く。
「アレ。あの野郎。蝉とまちがえてやがる。何をするつもりだろう」
ホラブンが出陣したから、段九郎は先へ廻って、山犬をケシかける。十匹が一とかたまりに、ホラブンめがけて襲いかかろうとする。
「オットット」
ホラブンはヘッピリ腰にモチ竿を犬の方へつきだして、竿の先をチョイ、チョイ、チョイ、とゆさぶりながら、
「チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
右にまわし、左にかえし、後へひき、前へだす。モチ竿の尖端が、生あるごとくに、微妙に震動して、何ごとか話しかけているようである。山犬は竿の先に向って吠えるだけで、とびかかることができない。
「ホレ。チョーセイ。チョーセイ。ホレ。チョーセイ。ホレ。チョーセイ。チョーセイ」
十匹の山犬は一様にシッポをたれて、後足の中へシッポをまきこんでしまった。大きな口をあいて、長い舌をだして、苦しそうに息をしている。疲れきった時の様子である。もう吠える力はない。モチ竿の先端を見ている犬の目は、恐怖と、アワレミを乞う断末魔の目である。
「ホレ。チョーセイ。ホレ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
山犬は一かたまりに口をあけノドをふるわせて、恐怖のあまりに泣きだしそうだ。ホラブンのヘッピリにあやつられつつモチ竿は寸一寸と前進する。犬はジリジリと悲しい息の音をたてながら後退する。境内を出外れて藪へかかったが、モチ竿の前進はやまない。非人小屋をも過ぎると、犬は目立って絶望した。もはやポタリポタリ涙を流している。モチ竿はまだまだキリもなく進む。ついに前の一匹が空を見上げてクビと肩をふるわせて悲鳴をあげたのを合図に、十匹がひとかたまりに、すくんで、ガタガタふるえた。その瞬間、
「エイッ!」
モチ竿の一閃。山犬の頭上まッすぐさしぬくように突き閃いて、電光石火、横に虚空を切りはらう。山犬はハッと一かたまりにうずくまって目をとじ、前肢に目をかくして、虫のようにすくみ、死んだように動かなくなってしまった。
ホラブンはモチ竿をぶらさげてニコニコもどってきた。
「イヤハヤ。雀とちがって、山犬は疲れるわい。犬はどうしてもモチ竿にかからんもんだて。イヤハヤ、一手狂うと、庄屋のオジジに糞をまかれるところだった」
非人頭の段九郎。山犬のカタキをうつどころの段ではない。ホラブンの威にうたれて、顔色を失い、しびれたようになっている。
人だかりにまじって、この一部始終を見ていたのが、遠乗りのついでに祭礼を見物にきた家老の柳田源左である。舌をまいて、驚いた。若党をかえりみて、
「コレ、コレ、あれなる偉丈夫は何者であるか、きいてまいれ」
「ハ。きかなくとも、分っております。ちかごろ城下でも高名なチョーセイ、チョーセイのアメ売りでござる」
「左様か。これへつれてまいれ。殿に推挙いたしたら、大そうお喜びであろう」
こういうわけで、ホラブンは源左につきしたがって、殿様の前へつれて行かれた。
★
「山犬は進退敏活、隙を見てかかるに鋭く、目録ほどの使い手に相当いたす。目録十名にとりまかれては、一流の使い手も太刀先をしのぐのは容易の業ではござらん。かのチョーセイ、チョーセイは、十匹の山犬を赤子をねじふせるように易々とねじふせてしまい申した。まことに稀代な神業でござった」
こう云って、源左が殿様に吹聴したから、殿様は大そう喜び、当藩の剣術師範、真庭念流の使い手、石川淳八郎をよんで、
「チョーセイ、チョーセイの手のうちを験《ため》してみよ。目録十名の使い手にとりまかれて、赤子のようにねじふせる手のうちであるから、その方も油断いたすな」
「心得申した」
面小手の用意をととのえ、ホラブンを御前へ召しよせる。聞きしにまさる偉丈夫。何クッタクなくニコニコして、大そう愛想がよさそうである。
淳八郎がホラブンに向って、
「しからば、一手お手合せを願い申すが、貴公は何流でござろう」
「これは、どうも恐れ入りました。手前のは唐渡り祥碌流という皿まわし、それから、海道筋を興行中に、彦根の山中にて里人から習い覚えた鳥刺しの一手、その後に美濃、熊野、阿蘇、伊賀、遠江、甲斐、信濃、阿波等の山中に於きまして
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