里人の鳥刺しの手を加えて工夫いたしましたが、別に流名はございません」
「しからば、貴殿が開祖でござるな。鳥刺しの手をみて工夫せられたと申すと、貴公は槍術でござろう」
「イエ、モチ竿でございます。手前は剣も槍も使ったことがございません」
石川淳八郎、ホラブンの返答がチンプンカンプンで、わけがわからないから、ままよ、問答無用、手合せが早手まわしと見て、
「殿の御所望である故、卒爾ながら一手御教示おねがい致す」
淳八郎はキリキリとハチマキをしめて、面小手をつける。ホラブンは鼻の脇を人差指でかいて、
「こまッたなア。オレは人間を刺したことがないが、しかし、まア、刺して刺せんこともないかも知れん。ひとつ、やってやれ。家老様にお願い致しますが、モチ竿をかしておくんなさい」
モチ竿をとりよせてもらッて、仕方がないから、立ちあがる。
「面小手は、いかがいたす」
「そういうものは、いりません」
「殴られると、痛いぞ」
「どうも仕方がございません。そういうものを身につけたことがございませんから、かえって勝手が悪うございます」
「コレ、コレ。もそッと前へでて立ち会いをいたせ」
「いえ、そう前へでてはいけません。先ず、このへんのところへ、こう、腰の位をキッときめまして」
腰をキッときめたのだそうだが、まことに見なれないヘッピリ腰。トンボをつるのと同じ手ツキでモチ竿を突きだして、チョイ、チョイ、チョイと先のフリをためしてみる。
「よござんすか。そろそろ、やりますよ」
そろそろやる剣術なんてものはない。
石川淳八郎は、こんな奇妙な試合は、見たことも、聞いたこともない。まことに奇怪な曲者であると思ったが、イヤ、イヤ、腹を立ててはいかん、敵をあなどってもいかん、天下は広大であるから、油断して不覚をとってはならぬぞ。さすがに老成した達人であるから、血気の荒武者とちがって、心得がよろしい。
「しからば、ごめん。エイッ!」
サッと青眼に身構える。するとホラブンのモチ竿がスルスルとのびてくる。
「チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ」
剣術の試合とちがって、間《マ》がちがっている。勝手がわるい。ホラブンのモチ竿は間ということを考えていないように見える。青眼に構えた刀の先とモチ竿の先が、同じように両者の力点となっていることは剣術の試合と変りはない。
しかし、剣の試合とちがうのは、刀の先にくらべると、モチ竿の先には、甚しく変化がこもっているかに見えることである。変化が多いということは、それだけこもった力の量が大きくて深いということでもある。竿の先がピリピリプルンプルンとふるえている。その力をたどって行くとホラブンの手もとへ行くが、その手もとは容易ならぬ変化の量を感じさせるに充分だ。しかしホラブンの目の方により大きな力の源泉がこもっているということが、竿の先の振動から身に沁みて分ってくる。しかし、目を見るヒマがない。ただ、目にこもる力の源泉を感じさせられているだけである。
ところが力は分派して、もっと別の宙天から、別行動を起して、彼にかかってくるものがある。それはホラブンの絶え間なしにつぶやいている咒文である。
「チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ」
剣の気合というものは、内にこもった緊張のハケ口のようなもので、剣自体にこもった緊張にくらべると、時には、なくもがなである。有ってよい時も、剣と一如である。
ホラブンのチョーセイは、そんなに緊張したものではない。まったくイワシ網をたぐっている漁師のカケ声と同じようなノンキなものでしかない。しかし、やがて、気がつくと、そんなにノンキなものだと見ることができなくなっている。モチ竿の先がホラブンの手からくりだしてくる力量であるとすれば、チョーセイは別の力の源泉からたぐりだしてくる両刀使いのようなもので、ハテナと思うと、いつのまにか、チョーセイの咒文にこもる力量に身体の周囲をグルリグルリ、グルリグルリと三巻き四巻き七巻き半もされているということが感じられてくる。
「ヤ、これはイカン」
敵の力量の大きさが、ハッキリ分った。格段の差が身にヒシヒシとせまる。
彼は焦って、一気に勝負を決しようと全身の力を刀のキッ先にこめたが、敵にはウの毛をついたほどの隙もない。
モチ竿の先はビリビリ、プルプルン、ジリジリと目にせまる。チョーセイの咒文が頭をしめつけて、だんだん、しびれてきた。
石川淳八郎はジリジリと後退した。己れの力が次第にくずれてくるのが分る。それに比して、敵の力が倍加して身にせまってくる。
脂汗が目にしみる。モチ竿の振動が目の中にくいこんで、彼の目玉をゆりうごかしているような気がする。次第に力がつきて、ついに、全身がしびれ、荒い息使いすら、自分の耳にききとれなくなった。そして、淳八郎
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