「オーイ」
「アレ。カメが生きてやがる。オーイ。お前、生きてるか」
「生きてるぞ」
「ウーン。運のいい野郎だなア。この深い井戸へとびこんで、二度も生きてやがる。バカの身体というものは特別なものだ。しかし、これで井戸がえをせずに、助かった。ヤーイ、怪我はないか」
「怪我はないぞ」
「いばってやがら。なぜ、とびこんだ?」
「あがってやるから、ツルベをおろせ」
「身投げしておいてツルベをサイソクしてやがる。お前、一人であがれるか」
「ミソ漬けのムスビ五ツだせば、あがってやるぞ。五ツだすか」
「ハハア」
ようやく一同は気がついた。さては奴め、前回に味をしめてムスビをサイソクに井戸へとびこみおったか。バカの一念というものは思いきったものだ。しかし、憎い野郎だ。いッそ一晩井戸の底へとじこめて、こらしめてやりたいが、カメのオカカは不精な奴で、ろくにカメの下帯のセンタクもしてやらないから、色が変っている。一晩つけて、それが自然に色が白くなったのでは、町内のものはカメのフンドシの垢をのむことになってしもう。井戸へ漬けておくわけにもいかない。
「お前の願いは、なんでも、きいてやる。ミソ漬けのムスビをウンと食わせてやるから、早くあがってこい」
「そうか。ありがたいな」
大よろこび、スルスルとあがってくる。待ちかまえていた町内の連中が、襟首をつかんで、ひッとらえて、いきなりポカポカなぐりつける。
「この野郎、ふてえ野郎だ。だれがキサマにミソ漬けのムスビをくわせるもんか。これでも、くらえ」
よってたかって、こづきまわす、ぶんなぐる。カメはおどろき、泡をくらって、隙をみると、人々の手をスルリとぬけて、再び井戸の中へドブゥンととびこんでしまった。
町内の連中の魂胆を見とどけたから、もう、どんなにうまいことを言っても、カメはあがってこない。
「この嘘コキ! ダメだ!」
カメは井戸の底にむくれて、大いに腹を立てている。なアに、窮屈な思をして、家の中に住むことはない。井戸の中の方が、どれぐらい静かで邪魔がなくて、暮しいいか分らない。カメは困るどころか、処を得て、安心している。地上の連中はそんなこととは知らないから、こうなると、カメのフンドシの垢をのむぐらいで渋い顔をしていられない。カメが井戸の中で死にでもしたら、町内一同獄門にかけられてしもう。大変なことになったと、ウロウロしているうちに、
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