の乱暴や不身持を綿々と訴へるのだが、それほど大袈裟に言ふ正体は何もないことを知つてゐるから莫迦々々しく思ふのだが、牧野さんの厭人癖・孤独癖に同化され、夫婦二人の孤独感を合一せしめてゐる奥さんにとつて精神上の姦淫すら我慢がならぬといふなら、これも先づ致し方がない。ヒステリイでさへなければ、牧野信一の文学と、文学の生む人生の仮構を充分に同情をもつて眺めてゐる奥さんだつたのである。
 当時牧野さんは泉岳寺附近へ越したばかりで小学二年生だつた息子英雄君の学校のことで苦労してゐた。これからも転々住所を変へることは分つてゐるから(彼は書けなくなると引越しをした)引越しても転校の必要のない学校へ入学させたいと言ふ。私が暁星学校をすすめると牧野夫妻も賛成だつたが、かんじんの夫婦が反目の最中で神経をとがらしてゐるから手がつけられない。牧野さんは狂人のやうな眼附をして不機嫌におし黙つてゐるといふ有様で、私もつひ癪にさはつてその頃さかんに喧嘩をしつづけ、ひところは神経的な不和を生じた。牧野家へ足を踏み入れるのも憂鬱至極で不愉快だつたが、ほつたらかしてはおけないので厭々ながら英雄君をひきまはしてとにかく暁星へ
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