さにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った。
「袋をもって、楼へ来て」
 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。
「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿りついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」
 ヒメの目はそこにそそがれて動かなかった。さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。そして、呟いた。
「野良にでて働く人の姿が多いわ。ホーソーの時には野良にでている人の姿が見られなかったものでしたのに。バケモノのホコラへ拝みに来て死ぬ人もあるのに、野良の人々は無事なのね」
 オレは小屋にこもって仕事にふけっているだけだから、邸内の人々とも殆ど交渉がなかったし、まして邸外とは交渉がなかった。だから村里を襲っている疫病の怖ろしい噂を時たま聞くことがあっても、オレにとっては別天地の出来事で、身にしみる思いに打たれたことはなかった。オレのバケモノが魔よけの神様にまつりあ
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